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東京地方裁判所 昭和63年(ワ)16648号 判決

原告

関口礼子こと

甲野禮子

右訴訟代理人弁護士

榊原富士子

酒向徹

福島瑞穂

被告

右代表者法務大臣

三ケ月章

被告国指定代理人

秋山仁美

外一四名

被告

藤川正信

井上清

岡田守正

被告四名訴訟代理人弁護士

山崎宏征

主文

一  被告国に対する請求の趣旨第1ないし第3項の訴えをいずれも却下する。

二  被告らに対する請求の趣旨第4項の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告国は、

(一) 図書館情報大学主催の公開講座のポスターに印刷される講師名

(二) 図書館情報大学が文部省に登録する科学研究費補助金研究者番号登録上の氏名

(三) 図書館情報大学で作成する科学研究費補助金による研究の研究成果報告書

(四) 図書館情報大学が筑波研究学園都市研究機関等連絡協議会に提出する原告の情報

(五) 図書館情報大学が学術情報センターに提出する原告の情報

(六) 図書館情報大学発行の「ゆうりす」に表示される教官名

(七) 図書館情報大学作成の授業時間割に表示される教官名

(八) 図書館情報大学作成の学生マニュアルに表示される教官名

(九) 図書館情報大学作成のクラス別学生名簿に表示されるクラス担任名

(一〇) 図書館情報大学が設置する掲示板に掲げたクラス担任名欄の表示

(一一) 図書館情報大学発行の卒業研究抄録集に表示される指導教官名

(一二) 図書館情報大学発行の図書館情報大学案内に表示される教員名

(一三) 図書館情報大学付属図書館備付指定図書に貼付される図書ラベルに表示した授業担当教官名

(一四) 図書館情報大学発行の職員録に表示される教員名

(一五) 図書館情報大学以外の機関が発行する職員録作成のために図書館情報大学が当該機関に提出する原告の情報

(一六) 図書館情報大学の教授会において使用される座席名札の表示

(一七) 文部大臣及び図書館情報大学長作成の人事記録に記載する公務員氏名の表示

について、原告の氏名として「関口礼子」を使用しなければならない。

2  被告国は、科学研究費分担者承諾書に表示された原告の氏名が「関口礼子」であることを理由として、これに図書館情報大学長印を押捺することを拒否してはならない。

3  被告国は、原告の作成した文部省在外研究員候補者調書に表示された原告の氏名が「関口礼子」であることを理由として、これを受領することを拒否してはならない。

4  被告らは原告に対し、各自金一三三〇万〇〇三〇円及びうち金一二二〇万〇〇三〇円に対して昭和六三年一二月二五日から支払済みまで、うち金一一〇万円に対して平成五年一一月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

5  訴訟費用は被告らの負担とする。

6  第4項につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

(被告ら)

1 原告の請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

(被告国)

3 請求の趣旨第4項につき担保を条件とする仮執行免脱宣言

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者関係

(一) 原告

(1) 原告は、昭和三四年三月お茶の水女子大学文教育学部文学科を卒業した後、昭和三八年四月から東京大学大学院教育学研究科教育専門課程に進学し、教育社会学を専攻して研究者となったものであるが、当時原告の戸籍名は「関口禮子」であったところ、「禮」の字が第三者にとって判読困難であり、実社会においてほとんど使用されていないものと考えて、自己の氏名を「関口礼子」と表示して、日常生活及び研究活動を行ってきたものであるが、昭和四一年八月二五日婚姻届出をし、その際婚姻後戸籍に記載される氏として夫の氏である「甲野」を選択したため、原告の戸籍名は「甲野禮子」となった。

しかし、原告は、従前から氏名を「関口礼子」と表示して日常生活及び研究活動を行っていたため、新たに氏を「甲野」と表示するならば、関係者全体に混乱を引き起こすことになると考えて、婚姻後も氏名を「関口礼子」と表示することを決意し、日常生活、研究活動、論文発表等において自己の氏名を「関口礼子」と表示してきた。

(2) 原告は、昭和五七年四月一日から図書館情報大学(以下「図情大」という)図書館情報学部助教授に就任し、昭和六〇年四月一日から同大学同学部教授に昇任し、右領域に関する研究活動及び同大学所属の学生の教育に従事している国家公務員である。

(二) 被告ら

被告国は、学校教育法に基づき茨城県つくば市春日一丁目二番地において図情大を設置しているものであり、被告藤川正信(以下「被告藤川」という)は昭和五八年一一月から同大学副学長に、昭和六二年一〇月二〇日から同大学学長に就任し、同大学に所属する職員を統督していた国家公務員であり、被告井上清(以下「被告井上」という)は昭和六三年四月一日から同大学事務局長に就任していた国家公務員であり、被告岡田守正(以下「被告岡田」という)は昭和六二年四月一日から同大学事務局庶務課長に就任していた国家公務員である。

2  侵害事実

(一) 昭和六二年六月二四日付「甲野禮子教授に係る氏名の取扱いについて」と題する書面(以下「本件取扱文書」という)について

原告は昭和五七年四月八日図情大図書館情報学部助教授に就任するに際し、同大学学長に対し、研究教育活動において自己の氏名を「関口礼子」と表示させてほしい旨申し入れ、その後も再三、被告藤川、同井上及び同岡田(以下「被告藤川ら」という)に対し右要望を申し入れてきたものであるが、図情大は被告岡田をして昭和六二年六月二四日別紙の内容の本件取扱文書を作成し、同大学事務局(以下「事務局」という)等に配付した上周知させ、本件取扱文書に定める基準に基づき、原告の氏名を取り扱うこととし、また、被告藤川は原告に対し、昭和六三年九月八日、原告の右申入れを拒否した。

なお、請求原因2(二)ないし(四)の各侵害事実は、それぞれ、被告藤川は学長として、同井上は事務局長として、同岡田は庶務課長として、配下の職員を介して、本件取扱文書を具体的に適用するなどした結果、生じた事実である。

(二) 主として原告の研究活動に対する侵害行為

(1) 図情大主催の公開講座のポスターに印刷される講師名について

イ 図情大公開講座委員会及び教授会は昭和六一年度末、翌年度秋に実施する公開講座の講師を原告とする旨決定し、原告はその際、大瀬戸公開講座委員に対し公開講座のポスターにおける氏名は「関口礼子」と表示し、括弧書きであっても戸籍名は表示しないように申し入れた。

ロ 大瀬戸委員は原告に対し、右要望については事務局庶務課(以下単に「庶務課」という)に伝えてその了解を得た旨を返答した。

ハ しかるに、庶務課は昭和六二年八月二七日、原告の氏名を「関口礼子(甲野禮子)」と表示した公開講座のポスターを作成の上掲示し、原告が右氏名の表示について抗議したにもかかわらず、右ポスターは回収されなかった。

ニ 原告は右ポスターが回収されなかったことから、公開講座の講師を行わず、講師料金九〇〇〇円を得ることができなかった。また、庶務課が右ポスターにおける原告の氏名を「関口礼子(甲野禮子)」と表示したことにより、原告の有する後記氏名保持権が侵害され、原告の著作物である公開講座についての氏名表示権が侵害された。

(2) 図情大が文部省に登録する科学研究費補助金研究者番号登録上の氏名について

イ 原告は、聖徳学園岐阜教育大学(以下「岐阜教育大学」という)在籍中、氏名を「関口礼子」と表示して科学研究費補助金研究者名簿の登録をしていたところ、昭和五七年八月ころ、庶務課研究事務室(以下単に「研究事務室」という)の係員から右研究者名簿の変更届を作成するために科学研究費補助金研究者番号を尋ねられた際に、岐阜教育大学在籍中の登録と同様に、氏名を「関口礼子」と表示して文部省に回答するように求めた。

ロ 庶務課は昭和五七年八月ころ、原告の承諾を得ることなく、氏名を戸籍名で表示した右研究者名簿の変更届を作成し、事務局長の決裁を得た上で文部省に回答した。

ハ 原告は研究事務室から右時点以降、科学研究費補助金研究に関して提出する書類の氏名を戸籍名で表示するように命じられている。

ニ そのため、原告が氏名を「関口礼子」と表示した書類については書き直しを余儀なくされ、また、原告が右書き直しに応じない場合には、研究事務室は原告に対し、書類を受領しないで返却してしまうため、原告の労力は徒労に終わっている。加えて、原告の研究に対する外部からの要請は大きいものがあるにもかかわらず、原告は新規の研究自体を行いえない状況に追い込まれている。さらに、原告は、研究事務室が提出した書類を受領しないで返却してしまうことを予想して、研究の申請自体を断念したこともある。すなわち、原告を研究代表者とする研究グループは、昭和六二年度において、昭和六〇、六一年度科学研究費補助金研究「カナダの多文化主義教育に関する学際的研究」の国内研究の成果をまとめて出版したので、引き続き科学研究費補助金研究として海外調査を文部省に申請する予定であったが、いかに申請の準備に多大な努力を費やしたところで、研究事務室が申請書類を受領せず返却して徒労に終わるおそれがあったため、原告は右研究の申請自体を控えているもので、原告の遂行する研究全体が萎縮させられている。

(3) 図情大で作成する科学研究費補助金による研究成果報告書について

イ 原告は昭和六二年三月ころ、氏名を「関口礼子」と表示した昭和六一年度の科学研究費補助金研究に関する研究成果報告書を研究事務室に提出したにもかかわらず、研究事務室は同月三〇日ころ、右報告書の印刷にあたる業者に対し、表紙の氏名を「関口礼子(甲野禮子)」と、それ以外の部分の氏名を「甲野禮子」と訂正して印刷するように指示した。

ロ 研究事務室は、右報告書が原告の著作物であるにもかかわらず、印刷業者に対し、その著者名である「関口礼子」という表示の訂正を指示したものであるから、著作権法一九条で保障されている氏名表示権を侵害したものである。

ハ また、印刷製本された右報告書において、表紙の氏名は「関口礼子(甲野禮子)」と、その余の部分の氏名は「関口礼子」と表示されたが、原告は、「甲野禮子」という表示が流出することによって研究者の間で混乱が生ずることを回避するために、「甲野禮子」と表示された部分に一枚一枚紙を貼るなどの措置を講ずる労力を強いられ、本来の研究業務に用いるべき時間が無駄に費やされた。

(4) 筑波研究学園都市研究便覧を作成するために提出する情報について

イ 昭和六一年度版について

ⅰ 原告は研究事務室に対し、昭和六一年度版右便覧において原告が氏名を「関口礼子」と表示して行った研究課題と原告の戸籍名とが結び付けられては研究者として困ると考えて、原告の氏名を「関口礼子」と表示した右便覧の原稿を作成するように申し入れ、自分の研究課題を伝えた。

ⅱ しかし、図情大は、昭和六一年度内において筑波研究学園都市研究機関等連絡協議会(以下「連絡協議会」という)に対し、原告の氏名を「甲之禮子」と表示し、かつ、研究課題を空白にした右便覧の原稿を作成の上送付した。

ⅲ そのため、昭和六二年六月二三日に発行された右便覧では、原告の氏名は「甲之禮子」と表示され、研究課題は空白とされた。

ⅳ 仮に、事務局が連絡協議会に対し、原告の研究課題を空白にした右便覧の原稿を作成の上送付したものでないとしても、研究事務室あるいは事務局は原告の明示の意思に反して機関の概要覧における原告の氏名を「甲之禮子」と表示した右便覧の原稿を作成の上送付したこと自体違法である。

ⅴ 原告は、ⅲのような便覧の記載となった結果、自己の研究を広く知らしめる機会を奪われた。

ロ 平成元年度版について

ⅰ 図情大は連絡協議会に対し、平成元年度版右便覧においては原告の氏名を戸籍名で表示するように情報提供した。

ⅱ そのため、右便覧では原告の氏名は分野別研究概要では「関口礼子(甲之禮子)」と、研究機関等組織別概要及び人名索引では「甲之禮子」と表示された。

ⅲ 原告は、ⅱのような便覧の記載となった結果、自己の研究を広く知らしめる機会を奪われた。

(5) 研究討論会のポスターについて

イ 原告は、自らが世話人となって昭和六三年九月二二日に研究討論会を開催することとなっていたが、庶務課の担当者から掲示するポスターの内容について尋ねられたため、氏名を「関口礼子」と表示するように申し入れたところ、氏名を右申入れ通りに表示したポスターの印刷は右開催日以前に既に仕上がっていた。

ロ しかし、被告岡田は右開催日まで庶務課員をして右ポスターを掲示させなかった。

ハ そのため、研究討論会の参加者が開催場所を間違えるなどして、同会の開催が三〇分間遅れた。また、庶務課が今後も同様の対応をとる蓋然性があるため、原告は研究討論会の開催申請をすることすら控えざるをえなくなり、原告の研究活動は萎縮させられている。

(6) 学術情報センターの科学研究費補助金研究者に関するデータベース作成のために提出する情報について

イ 原告が右データベースの基礎資料である昭和六一年度科学研究費補助金研究に関する研究実績報告書及び研究成果報告書概要に自己の氏名を「関口礼子」と表示して研究事務室に提出したところ、研究事務室あるいは被告岡田はそれを受け付けず、原告をして右報告書等における氏名を「甲野禮子」と表示させた上で、昭和六二年四月以降、右報告書等を文部省に提出したものであるから、研究事務室あるいは被告岡田は原告に対し、氏名を戸籍名で表示するように強要したものというべきである。

ロ その結果、原告は戸籍名で右データベースに登録されたため、右戸籍名で検索しなければ、同人の研究物を検索することができなくなり、右データベースを利用する研究者に対して、原告の研究について誤った情報が提供されることになったため、原告は研究者としての実績を大きく毀損された。

(7) 科学研究費研究分担者承諾書の氏名

イ 京都大学教育学部小林哲也教授(以下「小林教授」という)の研究に係る科学研究費研究分担について

ⅰ 原告は、小林教授から昭和六〇年度科学研究費補助金研究「入学者の多様化と高等教育体系の構造変容に関する比較研究」の研究分担を依頼され、研究事務室に対し、昭和五九年一一月ころ、氏名を「関口礼子」と表示した研究分担承諾書を提出して学長印の押印を求めたが、研究事務室は右の通り氏名が表示されていることを理由に学長印の押印を拒否した。

ⅱ そのため、原告は、右押印を得なければ研究分担を果たせなくなると考えて、右の氏名の表示に更に「甲乃礼子」という表示を加えた右承諾書を研究事務室に提出して学長印の押印を受けた上で、小林教授に送付した。

ⅲ 研究事務室の右所為は原告に対し、氏名を戸籍名で表示するように強要したものというべきである。

ⅳ そのため、小林教授の右研究に係る研究成果報告書研究分担者名欄において、原告の氏名は「関口(甲乃)礼子」と表示され、研究者の間で原告の同一性については混乱がもたらされた。

ロ 筑波大学桑原敏明教授(以下「桑原教授」という)の研究に係る科学研究費研究分担について

ⅰ 原告は、桑原教授から昭和六三年度科学研究費補助金研究の研究分担を依頼され、研究事務室に対し、昭和六二年一一月ころ及び昭和六三年一一月ころ、氏名を「関口礼子」と表示した研究分担承諾書を提出して学長印の押印を求めたが、研究事務室は、右の通り氏名が表示されていることを理由に学長印の押印を拒否した。さらに、原告は、桑原教授の要請に従って、再度、平成元年五月一三日、桑原教授の氏名と研究課題名のみ記入し、原告の氏名を空欄にした承諾書に学長印を押印することを求めたが、被告岡田はこれを拒否した。

ⅱ そのため、原告は、桑原教授の研究について、実際には研究分担者として研究を行いながら、同研究グループの正式なメンバーとして取り扱われなくなり、原告は自己の実績を研究者の間に正しく周知させることができなくなった。

(8) 図情大附属図書館報(以下「館報」という)掲載エッセイの著作者名について

イ 原告は、氏名を「関口礼子」と表示することを確認した上で昭和六二年三月発行の館報の原稿の依頼を受け、氏名を「図情大教授関口礼子」と表示したエッセイの原稿を提出した。

ロ しかし、被告岡田は、昭和六三年初頭ころ、当時図情大図書館情報課課長補佐の田上隆(以下「田上課長補佐」という)を介して原告に対し、右原稿おける氏名の表示から「図情大教授」という肩書を外すように強要した。

ハ そのため、原告は、原稿を公表する機会を守るためにやむなく、「図情大教授」という肩書を外すことに応じ、右エッセイは右肩書を外した氏名の表示で館報に掲載された。

ニ 原告の氏名は、「図情大教授」という肩書と相まって一つの著作者名として存立していたもであるにもかかわらず、被告岡田の右強要により右肩書が外されたのであるから、原告の著作物である右エッセイの氏名表示権が侵害された。

(9) 昭和六三年度学術研究活動に関する調査Ⅰ個人調査調査票Aについて

イ 文部省学術国際局監修の研究者・研究課題総覧というデータベースは関係方面に広く利用されているところ、原告は、昭和六三年五月ころ、右データベースの基礎となっている昭和六三年度学術研究活動に関する調査Ⅰ個人調査調査票Aに氏名を「関口礼子」と表示して図情大に提出したところ、被告岡田は、右調査表の受領を拒否した。

ロ このため、原告は、貴重な研究活動の時間を割いて文部省と直接交渉するという労力を費やすことを余儀なくされた。

(10) 文部省在外研究員候補者としての応募書類について

イ 文部省在外研究員とは、大学に籍を残したまま海外の研究機関で研究を行う者で、その滞在費、旅費等が文部省より支給されるものであるところ、原告は庶務課に対し、昭和六三年九月ころ、氏名を「関口礼子」と表示した文部省在外研究員候補者調書を提出したが、被告岡田は原告に対し、同月二六日右調書を返却した。

そこで、原告は、右調書を竹内副学長に提出したところ、同副学長も原告に対し、同月二七日右調書を返却した。

さらに、原告は庶務課に対し、平成元年一〇月ころにも同様の調書を提出したが、研究事務室は原告に対し、同月一九日ころ右調書を返却した。

ロ 原告は、昭和六二年度の段階で在外研究員候補者として次点となっていたところ、在外研究員の採用においては繰上げが慣例とされていたことから、昭和六三年度以降において原告が在外研究員に採用されることは確実であったにもかかわらず、被告岡田らの右所為により、原告は、候補者として審査を受けることすらできず、在外研究員に採用される貴重な機会を奪われた。

(11) 「ゆうりす」について

イ 「ゆうりす」は、図情大の教員組織である学生委員会が編集を行う図情大の雑誌である。

ロ 事務局は原告に対し、昭和五九年から昭和六一年にかけて、学生委員会の編集担当教員を介して「ゆうりす」誌上における原告の氏名を「関口礼子」という表示に括弧書きで戸籍名を加えて表示するように強要した。

ハ 原告は、右強要に応じなければ、右教員が「ゆうりす」を完成させることが困難となるので、右教員の立場を考えてやむなく氏名を右の通り表示することに応じ、そのため、「ゆうりす」においては原告の氏名はかかる方法で表示された。

ニ 原告は、著作者名を「関口礼子」と表示して著作物たる論文を作成発表しているのであるから、事務局が原告に対し、著作者名を「関口礼子」という表示に括弧書きで戸籍名を加えて表示するように強要したのは、原告の著作物についての氏名表示権を侵害したものである。

(12) 物品等注文書、アルバイター出勤予定表等の研究費使用の申請書類及び旅行命令依頼票について

イ 物品等注文書、アルバイター出勤予定表等の研究費使用の申請書類について

ⅰ 物品等注文書について

a 図情大に在籍する研究者は研究事務室に対し、各研究室で使用する備品、付属品、消耗品について物品等注文書を提出すると、事務局が右備品等を購入して研究室に納入する手続になっているところ、原告は昭和六三年度以降、物品等注文書を作成して研究事務室ないしは被告井上に提出したものの、被告岡田は右注文書に原告の氏が「関口」と表示されていることから受領を拒絶している。

b その結果、原告は、昭和六三年度から現在に至るまでの間、本来研究事務室が購入して研究室に納入すべき備品等の代金を図情大のために立替払させられているもので、原告の研究活動が妨害された。

ⅱ アルバイター出勤予定表について

a 図情大に在籍する研究者が研究活動をするにあたって資料整理やタイプ等の補助作業にアルバイターを雇う場合には、研究事務室に対し、アルバイターについての出勤簿(案)及び出勤簿を提出すると、事務局会計課が右アルバイターに対し謝金を振り込む手続になっているところ、原告も必要に応じて右手続に従ってアルバイターを雇い入れて研究を続けてきたが、研究事務室は昭和六三年四月から、右出勤簿(案)等に原告の氏名が「関口礼子」と表示されていることから、右出勤簿(案)等の受領を拒否している。

b そこで、原告は同年六月二九日から、被告井上に対し、右出勤簿(案)等を提出したが、被告岡田は右出勤簿(案)等に原告の氏名が戸籍名で表示されていないことを理由として、原告に対し、右出勤簿(案)等を返却している。

c さらに、原告は同年一二月二〇日、宮森会計課長に対し、口頭で同月分までの右出勤簿(案)等を提出したい旨申し入れたが、宮森会計課長は原告に対し、氏名が戸籍名で表示されていなければ庶務課の同意を得られないと説明して、右申入れを拒否した。

d その結果、原告は、同年五月から現在に至るまでの間、アルバイターを雇い入れていたものであるが、事務局会計課からアルバイター六名に対し謝金が振り込まれないために、右謝金の一部を図情大のために立替払させられており、原告の研究活動が妨害された。

ロ 旅行命令依頼票について

ⅰ 図情大に在籍する研究者が、研究活動の一環として学会に出席する場合には、申請により一年につき、昭和六三年度は金六万六〇〇〇円、平成元年度は金六万七〇〇〇円、平成二年度は金七万六〇〇〇円、平成三年度は金七万三〇〇〇円の各出張旅費の支給を図情大から受けられることになっていたところ、原告は学会等に出席するために、研究事務室あるいは被告井上に対し、氏名を「関口礼子」と表示した旅行命令依頼票を提出しているが、氏名を戸籍名で表示していないことを理由に右依頼票の受領が拒否された。

ⅱ その結果、原告は昭和六三年度から現在に至るまで、出張を行っているが、出張旅費の支給を受けることができないために、右出張旅費の一部を図情大のために立替払させられているもので、原告の研究活動が妨害された。

(三) 主として原告の教育活動に関するもの

(1) 学生に配付する授業時間割及び学生マニュアル(授業概要)について

イ 図情大学務課(以下単に「学務課」という)は昭和五七年から現在に至るまで、原告の明示の意思に反して原告の氏名を戸籍名で表示した授業時間割及び学生マニュアル(授業概要)を作成している。

ロⅰ そのため、同大学の学生らは、原告が担当する科目の講師名が「関口礼子」であることを知ることができず、また、既に公刊されている原告の著作物の著者名と原告が同一であることを認識することもできず、更に原告の氏名を戸籍名と混同することになるから、原告が円滑に教育を行うことが妨げられ、かつ、教官と学生の間に信頼関係を醸成することが妨げられた。

ⅱ また、原告は学生らに対し、年度当初の授業の都度、氏名を「関口礼子」と表示していることを説明せざるをえないため、本来授業とは関係のない説明にエネルギーと時間を費やすことを余儀なくされており、結婚に関する私的な事情をも暴露せざるをえないために毎年多大な精神的苦痛を負担させられている。

ⅲ さらに、授業、講義は著作権法上の著作物に該当するから、著作者には氏名表示権が保障されているものであるところ、授業の実施と密接不可分な書類である授業時間割及び学生マニュアル(授業概要)に表示される講師名については講師自身において決定することが保障されていると解すべきであるから、学務課の右所為は、原告の著作物である授業、講義についての氏名表示権をも侵害するものである。

(2) クラス別学生名簿、掲示板のクラス担任名欄について

イ 学務課は昭和五七年から現在に至るまで、原告の明示の意思に反して原告の氏名を戸籍名で表示したクラス別名簿及び掲示板のクラス担任名欄を作成している。

ロ そのため、原告が担任するクラスの学生らは原告が氏名を「関口礼子」と表示する者であることを認識できず、また、原告の氏名を戸籍名と混同することになるから、学務課の右所為は原告がクラス担任として円滑に活動することを妨げ、教官と学生の間に信頼関係が醸成されることを妨げるものである。

(3) 卒業研究抄録集における指導教官名について

イ 原告は指導を担当する学生に対し、卒業研究抄録集の原稿における指導教官名を「関口礼子」と表示して学務課に提出するように指導していたにもかかわらず、学務課は昭和五八年度版、昭和五九年度版及び昭和六一年度版から現在に至るまでの卒業研究抄録集において指導教官である原告の氏名を戸籍名に書き換えて印刷した。

ロⅰ 卒業研究は、指導教官が学生の研究を指導、援助し、補いまとめあげていくものであるから、卒業研究の著作権は執筆した学生のみならず指導にあたった教官にもあると解されるところ、原告の著作物でもある卒業研究についての原告の氏名表示権が侵害された。

ⅱ 仮に、卒業研究の著作権が執筆した学生にのみ認められるものであるとしても、指導教官である原告も学生の卒業研究に参画して創造的な行為を行ったものであることは明らかであり、しかも、指導する研究対象はその指導教官の専門分野であることが通例であり、学生にとってもどの研究者の指導を受けたかということは研究物の評価にもかかわる重大な問題であるからこそ、指導教官名が記されるのであり、原告が指導教官名を研究活動を行うときの氏名と一致させたいという氏名に関する利益は著作権法の趣旨及び憲法一三条からしても氏名表示権と同様に保護の対象とされなければならないところ、学務課の右所為は原告の右の通りの氏名に関する利益を侵害するものである。

ⅲ また、学生の卒業研究を指導することは、原告の研究及び教育活動の一環でもあるから、原告の研究及び教育活動が妨げられたというべきである。

(4) 図情大案内について

イ 庶務課は毎年六月ころ、図情大に在籍する各教員が行っている授業科目、研究テーマや専門分野を大学の内外に広く紹介する図情大案内を編集して発行しているが、昭和五七年から昭和六二年までの間、右案内において原告の氏名を戸籍名で表示した。

原告は、昭和六三年度版図情大案内の発行直前に原告の郵便受けに校正依頼用の原稿が入れられていたので、氏名欄の「甲野禮子(関口礼子)」を「関口礼子」という表示に訂正して庶務課窓口に提出したにもかかわらず、現実に発行された右案内においては原告の氏名は「甲野禮子(関口礼子)」と表示され、以降の年度の図情大案内では原告の氏名は「甲野禮子(関口礼子)」と表示されている。

ロ 原告は、氏名を常に「関口礼子」と表示して一切の研究教育活動を行い、かつ、「関口礼子」の氏名のみをもって、研究者の間で知られ、また、学生と対峙しているところ、昭和六二年までの右案内では原告が氏名を「関口礼子」と表示して行っている研究及び教育活動を第三者に全く伝達することができないし、昭和六三年以降の案内によっても、「甲野禮子」と「関口礼子」という二つの名前が併記されることにより、右案内を見た第三者に混乱を与えるものであるから、原告の研究教育活動が妨げられたというべきである。

(5) 非常勤講師の委嘱に関する回答書及びこれに付した人事記録の写しについて

イ 原告は昭和五八年四月から昭和六三年三月まで茨城大学教育学部の非常勤講師をしていたが、図情大学長は茨城大学から「非常勤講師の委嘱について(依頼)」と題する文書が出される度に、「非常勤講師の委嘱について(回答)」と題する回答書において原告の氏名を戸籍名で表示し、これに人事記録の写しを添付して茨城大学に送付していた。

ロⅰ 原告は、氏名を「関口礼子」と表示できるという条件で茨城大学で非常勤講師をすることを引き受けていたものであるにもかかわらず、茨城大学は昭和五八年度から昭和六一年度までの原告の講義に関する書類すべてにおいて原告の氏名を戸籍名で表示した。

ⅱ そのため、原告が氏名を「関口礼子」と表示して講義を遂行することが妨げられ、また、原告の著作物である茨城大学で行う講義についての氏名表示権が侵害された。

ⅲ また、茨城大学は昭和六三年度以降、原告の氏名の表示について揉め事が生じることを嫌って、原告に対する非常勤講師の依頼を打ち切ったものであるから、庶務課の右所為は原告の教育活動を大きく妨害したものというべきである。

(6) 指定図書に貼るラベルについて

イ 図情大附属図書館員は、平成三年度の原告が実施する授業において使用される原告著作の指定図書「誕生から死まで・カナダと日本の生活文化比較」及び原告編著作の指定図書「揺らぐ社会の人間形成」について、その背表紙下部に印刷された「関口礼子」という表示が隠れる位置に、「甲之禮子」と記載した図書ラベルを貼付し、平成四年四月においても同年度の原告の指定図書三種類に右同様のラベルを貼付した。

ロ その結果、原告はその著作物である授業において氏名を「関口礼子」と表示していたにもかかわらず、右のような形で原告の著作物である授業についての氏名表示権が侵害され、また、原告の授業を受講している学生らが右指定図書を探したり使用したりすることが妨害された。

(四) その他の侵害行為

(1) 図情大発行の職員録について

イ 庶務課は毎年図情大の職員録、職員録暫定版を発行しているが、昭和五七年度版から現在に至るまで、原告の明示の意思に反して右職員録において原告の氏名を「甲之禮子」と表示してきた。

ロ 職員録は、図情大で任用されている全職員に配付され、また、学生の目にも触れることがあり、原告の氏名は「甲之禮子」と表示されるものであると右職員及び学生に周知するものであるから、原告が、図情大における研究、教育、その他の職務、原告と学内の人間の交流全般にわたり、氏名を「関口礼子」と表示して活動することが妨害された。

(2) 大蔵省印刷局編の職員録、廣潤社の全国大学職員録、財団法人文教協会の文部省職員録について

イ 図情大は右各職員録の各発行機関に対し、昭和五八年から現在に至るまで、原告の明示の意思に反して原告の氏名を戸籍名で表示した原稿を提供したため、右各職員録において原告の氏名は「甲乃礼子」、「甲之禮子」あるいは「甲野禮子」と表示された。

ロ 右各職員録は全国の大学、官公庁、出版社、マスコミ、民間機関等に頒布され日本全国で広く利用されていたため、学外においても原告の氏名は「甲乃礼子」、「甲之禮子」あるいは「甲野禮子」と表示されるものであると周知されることとなり、学外における原告の人的交流、特に他の研究者や研究関係諸機関との交流において、原告の氏名の表示につき混乱が生じ、原告の研究活動が妨害された。

(3) 教授会の座席名札について

イ 庶務課は昭和五七年四月以降現在に至るまで、原告の明示の意思に反して教授会の座席名札における原告の氏名を戸籍名で表示しており、原告が昭和六二年ころ、右名札における原告の氏名を「関口礼子」に書き換えたところ、被告岡田は原告が休憩で立った隙に、右名札を戸籍名に再度差し替えるという極めて執拗な強要を行った。

ロ 教授会は大学における研究教育及びその周辺事項全般に関する大学の基本方針を議事の対象として扱うものであるから、教授会への参加は大学における研究教育活動の一環であり、名札は原告が教授会にいかなる名前で参加し、発言し、活動を行うかを示すものであるところ、原告は自己の氏名を「関口」と表示して、教授会に参加し、発言し、活動を行い、他の参加者から「関口」と呼称されることが妨害されたのであるから、原告の研究教育活動が妨害されたものである。

(4) 人事記録

イ 庶務課は昭和五七年四月から現在に至るまで、原告の明示の意思に反して人事記録における原告の氏名を戸籍名で表示している。

ロ 人事記録は、その性質上外部に公表されるものではないから、通常は人事記録に原告の氏名が戸籍名で表示されたとしても、原告が氏名を「関口礼子」と表示して活動することに支障をきたすものではないが、被告岡田らが原告の明示の意思に反して原告の氏名を戸籍名で表示するのは、発令名が戸籍名であること及び発令に基づいて作成された人事記録における原告の氏名が戸籍名で表示されていることに起因するものであるから、被告岡田らが人事記録における原告の氏名を戸籍名で表示することと人事記録以外の前掲各書類あるいは原告の活動において原告の氏名を戸籍名で表示することを強要すること等は不可分一体の所為として違法性が認められるというべきである。

(5) 離婚の強要

イ 被告藤川は、昭和六三年二月一六日、大学院の審査の書類に表示すべき原告の氏名の問題で原告を学長室に呼び出した際、原告に対し「離婚して戸籍抄本を持ってきてくれないか」と述べ、被告岡田は昭和六三年八月三日、原告に対し「この春も勧めたけれど、離婚届を出して戸籍抄本を持ってきなさい。そして、戸籍抄本をとったら、あとはまた婚姻届を出したらいいではないか、年金をもらうときに問題がでるけれど、そうしなさい」と述べ、それぞれ、原告に対し、離婚を強要し、氏名権か婚姻の自由かの厳しい二者択一を迫った。

ロ 被告藤川及び同岡田の右所為は、憲法二四条で保障されている原告の婚姻の自由(婚姻届出の自由を含む)、幸福追求権及びプライバシー権(私的な事項についての自己決定権)を侵害するものである。

3  法的主張

被告藤川らのなした前記各事実は、次の通り憲法上の人権を侵害することによって憲法に違反し、著作権法で保護される氏名表示権を侵害することによって著作権法に違反し、また、世界人権宣言及び国際人権規約B規約に違反するものであるから、その権限行使につき、裁量権の範囲を逸脱し、または、その濫用があったものというべきである。

(一) 氏名保持権としての氏名権の侵害

(1) 氏名は、社会的にみれば、個人を他人から識別し特定する機能を有するものであるが、同時に、その個人からみれば、人が個人として尊重される基礎であり、その個人の人格の象徴であって、人格権の一内容を構成するものというべきであるから、自己の氏名を保持する権利あるいは自己の氏名をその意思に反して奪われない権利を基本的な内容とする人格権(氏名保持権)は憲法一三条によって保障されており、右権利は十分に強固なものといいうるものであるから、氏名を有する者に対して氏名の奪取という直接攻撃が加えられた場合には、その侵害行為をなす者に対し、その妨害排除(予防)を求めうるし、損害賠償を請求することもできるものというべきである。

そして、戸籍名であれ、戸籍名以外の氏名であれ、一定期間使用し続けることにより、個人を他人から識別し特定する機能を有するようになり、同時にその個人からみれば、人が個人として尊重される基礎となり、その個人の人格の象徴となることには何ら変わりがないから、人格権の対象となる氏名とは、戸籍名に限定されるものではなく、人が自己を表示するものとして使用する戸籍名以外の氏名も含まれるというべきである。

現行法の夫婦同氏強制のもとでは、原告が氏名を保持し、かつ、婚姻しようとするならば、通称名という形で婚姻届出に伴う変動前の氏を使用せざるをえず、この氏名保持権(通称名使用の権利)を侵害することは、原告の人格そのものを奪うことであり、到底許されない。

(2) ところで、憲法一三条は国民に対し、幸福追求権の一類型として一定の個人的事柄については、公権力から干渉されることなく自ら決定することができる権利すなわち自己決定権を保障しているものであると解されるところ、家族の形成、維持に関わる事柄については、家族関係が世代を追って文化や価値を伝えていくという意味で、社会の多元性の維持にとって基本的な条件であるが、何よりもそれが個人の自己実現、自己表現という人格的価値を有するが故に、基本的には人格的自律権の問題であるというべきである。しかして、原告において氏名を通称名である「関口礼子」と表示することは個人的な事柄であることはいうまでもないところ、その氏名を「関口礼子」と表示することにより別氏夫婦としての家族を形成、維持し、婚姻生活における両性の本質的平等を志向してきたのであるから、原告が氏名を「関口礼子」と表示することは原告の家族の形成、維持に深く関わる事柄として自己決定権によって保障されているというべきである。

しかるに、原告が氏名を「関口礼子」と表示することが妨害される状況が到来するにもかかわらず、氏名を「関口礼子」と表示し続けなければならない事情があるとすれば、原告は離婚して戸籍上の氏を「関口」に戻すことすら決意せざるをえなくなるが、離婚を余儀なくされることは、とりもなおさず原告の家族の形成、維持が侵害されることであり、そのような事態はおよそ受け入れられるべきものではない。そこで、かかる場合には、自己決定権の作用によっても、右妨害が排除(予防)され、氏名を「関口礼子」と表示することが確保されなくてはならない。

(3) なお、戸籍法一〇七条は、やむをえない事由による氏の変更許可を定めているところ、通氏の永年使用についても右やむをえない事由の一つの場合として審判例が蓄積されてきていることにかんがみれば、永年使用という事実を条件として、自らの決するところにより、氏名を使用し、戸籍上の氏をも変更する権利が現行法上も認められているというべきである。

また、著作権法は、著作者がその著作物について有する人格的利益の保護を図るために著作者人格権を定めており、その一類型として氏名表示権を保障しており(同法一九条)、著作者名の表示をせず、あるいは、することを妨げ、または、著作者の同意を得ることなく著作者名を表示することは、氏名表示権の侵害となり、著作者はその侵害の差止、予防を請求することができるとされているが(同法一一二条)、氏名についての権利を保障し、その侵害に対する差止請求権を認めた法律が制定されていることは、氏名についての権利が侵害された場合の一般的な法律関係を考えるにあたっても十分に参考とされるべきである。

(4) 原告は、婚姻前からあらゆる場面において、自己の氏名を「関口礼子」と表示し続けてきたのであるから、自己の氏名として「関口礼子」を保持することを内容とする人格権あるいは自己決定権を有しているというべきであるところ、被告藤川らは前記一連の侵害事実により、原告が氏名を「関口礼子」と表示することを禁じ、氏名を戸籍名で表示するように強制し、その結果、原告の右人格権あるいは自己決定権が侵害されたものであるから、原告は被告国に対し、その侵害の差止を求めうるし、また、被告らに対し、損害賠償を請求することもできるものというべきである。

(二) プライバシー権としての氏名権の侵害

(1) プライバシー権は、自己に関する情報を管理できる権利である人格権として憲法一三条によって保障されている幸福追求権のひとつであるところ、イ公表された事柄が、私生活上の事実または私生活上の事実らしく受け取られるおそれのある事柄であること、ロ一般人の感受性を基準にして、当該個人の立場に立った場合、公開を欲しないであろうと認められる事柄であること、ハ一般人に未だ知られていない事柄であることの三要件を満たせば、プライバシーとして保護されるべきである。

(2) しかして、原告は、図情大の侵害行為を除いては、常に氏名として通称名を使用しており、戸籍名を使用したことは一切ないため、研究者等周囲の者にとって、戸籍名ではそれが原告と同一人物であるとは全く認識できないほど通称名が浸透している。それ故、原告が社会生活を送るにあたっては、その戸籍名が露見する余地は全くなく、戸籍名は原告にとって隠された事柄といえる。また、戸籍名は、単に国家に登録されている氏名であるにとどまらず、原告の身分関係すなわち少なくとも原告が婚姻しており、配偶者は「甲野」という氏をもった男性であるということを一定程度開示するといった作用を有している。そうすると、原告の戸籍名は私生活上の事柄というべきである。

しかも、前記の通り、原告は、被告藤川らが原告の氏名を戸籍名で表示することによって、研究者の間に混乱が発生するため、原告の研究活動に多大の支障が生じ、また、現実の損害も生じるなどして、深刻な事態に陥っているのであるから、一般人の感受性を基準にしても、原告の立場に立った場合、原告の戸籍名は公開を欲しない事柄であることは明らかである。

さらに、原告の戸籍名は、一般の人に未だ知られていない事柄であることは、前記の通りである。

(3) そうすると、原告の戸籍名は、プライバシーとして保護される要件を満たしているのであるから、原告は自己に関する情報である戸籍名を管理することを内容とするプライバシー権を有しているというべきであるが、被告藤川らの、前記一連の侵害事実により、原告のプライバシー権としての氏名権が侵害された。

(三) 表現の自由の侵害

憲法二一条は、人の内心における精神活動を外部に表明する自由、すなわち表現の自由を保障しているところ、特定の個人がその精神活動によって成し遂げられた特定の成果を発表することは表現行為に該当するが、内容と主体の関連性についても他者に知られなければ表現が全うされたとは到底いいえないから、表現内容と発表主体の表示は切り離して考えるべきではなく、両者は一体のものとして表現の自由の保護対象とされるべきである。また、氏名の表示自体、特定の人格を有する個人が、自分自身を他者に対して素直に表現する行為であるから、表現の自由の保護の対象とされるべきである。

そうすると、被告藤川らが、原告の意思に反して「関口礼子」という表示を戸籍名に書き換えたのは、原告の表現行為を侵害するものであるし、さらに、被告藤川らが原告に対し、氏名を戸籍名で表示するように強制したことも、原告が氏名を通称名で表示しようとする自己表現を直接に侵害するものである。

(四) 職業活動の自由の侵害

憲法二二条は、単に職業の開始、継続、廃止に関する自由のみならず、選択した職業における活動が内容、態様において自由であることをも意味し、自己の営む職業を選択する自由、自己が雇われる職業を選択する自由も保障しているところ、研究者という職業は、自由な精神活動が社会的に有用な成果を生み出していくという性質を有しており、個人の人格的価値との関連という側面は特に重視されなくてはならず、しかも、研究者の行う活動は、当該研究者単独の精神活動のみで完結するものではなく、広く他の研究者、学会等からの批判、触発を受けることにより、段階的に完成に近づいていくのであって、この研究者同志の人格交流が阻害されれば、研究は全うされないのであるから、研究教育という職業活動をなすにあたっては、その精神活動、とりわけ他の研究者らに対する人格発現の自由が確保されなければならず、その阻害はそのまま職業活動に対する侵害を意味するというべきである。

したがって、原告が氏名を人格の一部たる通称名で表示して研究活動を遂行してきたのであるから、前記一連の侵害事実は原告の職業活動の自由をも侵害するものである。

(五) 学問の自由の侵害

憲法二三条は、(1)学問研究活動、(2)研究成果の発表、(3)大学における教育の各自由を大学教員に認めており、大学教員はこれらの事項について管理権者等の指導監督を受けないことを保障しているところ、この研究教育活動の自由は、真理探求という研究者の職責にかんがみて、広い範囲で認められなくてはならず、研究教育活動はまさしく研究者の人格の所産であり、研究者がその人格をどう他者に対して表示するかに関する自由、すなわち自己表現の自由がなければ、貫徹されないものである。

したがって、原告は、自己表現として氏名を「関口礼子」と表示し、それに基づき原告をめぐる研究教育の環境が広範に確立してきたのであるから、大学管理権者らが行う教育行政事務においても、右環境を侵害する形で行ってはならないにもかかわらず、前記一連の侵害事実の通り、被告藤川らは原告に対し、氏名を戸籍名で表示することを強制し、原告の意思に反して氏名を戸籍名で表示することによって、原告の研究、教育活動を侵害した。

(六) 著作者氏名表示権の侵害

著作物とは、思想、感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術または音楽の範囲に属するものをいい(著作権法二条一項)、著作者は、その著作物の原作品に、またはその著作物の公衆への提供に際し、その実名若しくは変名を著作者名として表示し、または著作者名を表示しないこととする権利を有するところ(氏名表示権。著作権法一九条一項)、研究の成果及び大学の講義は著作物であるから、原告は研究の成果等において氏名を「関口礼子」と表示する権利を有していたにもかかわらず、被告藤川らは右研究の成果等において原告の氏名を戸籍名で表示して、右権利を侵害した。

(七) 条約等違反

(1) 世界的人権宣言一二条は、「何人も自己の私事、家族、家庭若しくは通信に対して、ほしいままに干渉され、または名誉及び信用に対して攻撃を受けることはない。人はすべて、このような干渉または攻撃に対して法の保護を受ける権利を有する」と定めているところ、原告が自己の氏名を通称名で表示することは、まさに自己の私事に発することであり、このことが原告の研究教育活動を含めた全生活を規律していくものであるにもかかわらず、前記一連の侵害事実の通り、被告藤川らは、原告の意思に反して、原告の氏名を戸籍名で表示し、原告に対し、氏名を戸籍名で表示することを強制して、原告の私事に対する干渉を行ったものであり、また、同時に原告の氏名を戸籍名で表示することによって、原告の戸籍名を第三者に知らせることにより、原告の婚姻というプライバシーの侵害をも行ったものである。

(2) 国際人権規約B規約(市民的及び政治的権利に関する国際規約)一条は、同規約が定める各自由権の根源となる自決の権利を定め、すべての人民は、この自決権に基づき経済的、社会的、文化的発展を自由に追求することができるところ、原告は人格の一部である自己の氏名を「関口礼子」と表示することを決定し、これを基礎として研究教育活動に従事することにより、経済的、社会的、文化的に自己を発展させてきたものであるにもかかわらず、前記一連の侵害事実の通り、被告藤川らは、原告の意思に反して原告の氏名を戸籍名で表示し、または、原告に対し、氏名を戸籍名で表示することを強制したものである。

4  氏名保持権の違憲審査基準

(一) 氏名は個人の人格と密接不可分であること、前記のとおり氏名保持権は強固な権利として確立していること、自己決定権の観点からみると原告の家族の形成、維持にも深く関わっているものであることなどの各点を考慮すれば、氏名保持権の権利性とその保護の要請は相当に高度であることにかんがみれば、前記一連の侵害事実による原告の氏名保持権の制約が憲法に違反しないといえるためには、制約の目的が重要なものであること、右目的と制約の手段の間に事実上の実質的関連性があることの要件を満たさなければならない(厳格な合理性の基準)というべきであり、しかも、氏名保持権の権利性が高いという点からすれば、制約の手段として更に相当性があることが必要というべきである。

(二) そこで、右の見地から、前記一連の侵害事実の違憲性につき検討する。

(1) 制約目的の重要性

なるほど、被告ら主張に係る公務員の採用、処遇及び本人確認の場面における公務員の同一性の把握の必要性という目的が不合理であるということはできない。

しかし、国家公務員が勤務する国家行政組織は、数え切れない程多くの機関や部署に分化しており、個々の公務員を把握するにあたっては、これら機関、部署のいずれに所属しているかという事実、すなわち「肩書」をもって、かなり絞り込んだ特定が最初に行われ、この段階で、当該公務員が所属する公務員集団は互いの顔が見える程度の少数になること、個別的な公務員の同一性の把握を実際に行うのは、少数の公務員集団に絞り込んだ後のことが多いが、少数の公務員集団において公務員の採用、処遇の問題が連日発生するなどということはありえないこと、本人確認の問題が実際に必要となるケースが多いとは思われないこと、とりわけ、本件では図情大に所属する教職員という公務員集団における公務員の同一性の把握が問題となるところ、その事務局職員数は約六五名と比較的小規模であること、原告の他に氏を「関口」と表示する教官は存在せず、氏を「甲野」と表示する教官も存在しないため、全事務局職員に原告の氏名を「関口礼子」と表示して特定し、右表示を周知徹底させることは、誠に容易であるところ、一度このような特定がなされれば、原告について公務員の同一性の把握をその都度現実に行う必要はないこと、およそ多いと思われない外部からの問い合わせに対して、事務局職員がその都度、原告の同一性の把握に奔走するということもまた想定できないこと、まして、図情大内部での事務処理に関する事項については学内という場所的、人的に特定された範囲でのみ問題とされるものにすぎないのであるから、原告について公務員の同一性を把握すること自体不要であることに照らすと、本件の具体的な事案においては公務員の同一性の把握という目的は重要なものであるということはできない。

(2) 目的と制約の手段の間の事実上の実質的関連性

個人の同一性を把握するための手段として通常よく用いられているのは、氏名により当該個人を特定することであるところ、かかる手段が有効であるのは、当該個人がその氏名を自ら使用しており、かつ、周囲の人間においても、その氏名が当該個人その人を指すものであるとの共通認識ができている場合であるが、原告は、氏名を通称名で表示してきたのであるから、原告の同一性を把握するための手段として、氏名を用いるのであれば、通称名を用いることが有効であり、原告が全く使用せず、周囲の人もその存在すら知らない原告の戸籍名を用いたとしても、原告の同一性を把握するための手段として全く無力であること、かえって戸籍名をもって原告の同一性を把握しようとしたならず、「関口礼子」と「甲野禮子」とが同一人物であるなどとは誰も知りえないため、原告の同一性の把握を不可能ならしめること、発令名が通称名で表示されながら、公務において氏名を通称名で表示する公務員が実際に存在し、当該公務員について同一性の把握は全く問題となっていないこと、また、発令名は戸籍名で表示されながら、公務において氏名を通称名で表示する公務員が実際に存在し、当該公務員についても同一性の把握は全く支障のないことにかんがみると、右目的と手段との間に実質的関連性は認められず、手段と目的との間の適合性も存在しないといわざるをえない。

もっとも、被告らは、戸籍名は民法の規定により定まり、我が国唯一の身分関係の公証制度である戸籍に記載される法律上の氏名であるから、これを本人の意思で自由に選択し変更することのできる通称名と同視することは適当でなく、戸籍法一〇七条及び一〇七条の二によれば、氏の変更及び名の変更については厳格な要件が定められ、かつ、家庭裁判所の許可を受けることを要するとされているのであり、個人の同一性を把握する機能において、戸籍名と通称名では格段の違いがあることは明らかであると主張する。しかし、原告はこれまで一度も「関口礼子」という通称名を変更したことはなく、研究者として右氏名で周知されているために、今後においても右氏名を変更するわけにはいかないし、右氏名は、原告が出生から今日まで、一度も変更せず使用し続けてきた唯一の氏名であるが、他方、原告の戸籍名は社会的に全く周知されていないのであるから、原告の氏名としては「関口礼子」の方が個人の同一性を把握する機能が格段に高いというべきである。

また、戸籍名を用いて公務員の同一性を把握するためには、婚姻等の身分変動を理由とした戸籍名の変動を確認する必要があるというべきであるが、戸籍をその都度確認することは、戸籍謄本請求の手続には時間及び労力を要するものであるから、氏名を戸籍名で表示するという手段は、迅速性の要請に反するという点において、公務員の採用、処遇及び本人確認の問題を適正迅速に解決するという目的との間に実質的な関連性が認められない。

なお、被告らは、公務員の同一性の把握のために、常に一律に氏名を戸籍名で表示するように求めているわけではなく、事柄の性質に応じて弾力的運用を行っていると主張するが、原告は国立大学の教官であり、公務員という立場を切り離して学内に存在することができないものであるから、公務員としての権利義務に関わる書類について氏名を戸籍名で表示することが義務づけられているのであれば、常に一律に氏名を戸籍名で表示することが義務づけられているものというべきである。そうすると、この点においても、被告藤川らのなしている原告の氏名保持権に対する制約は、公務員の同一性の把握という目的との関連性において、過度にわたるものであり、目的と手段との間に実質的な合理的関連性を認めることはできない。

(3) 制約の手段としての相当性

法令上の根拠なく制約する手段を用いることは、制約する側に恣意的な取扱を許す余地を認めることにつながるから、右制約する手段の相当性は大幅に減殺されるものというべきところ、被告藤川らは、氏名を戸籍名で表示するように国家公務員に義務づけた法令は存在しないにもかかわらず、本件取扱文書を作成して、原告に氏名を戸籍名で表示するように強制して、原告の氏名保持権を制約したものであるから、その制約手段に相当性を認めることはできない。

5  故意過失

本件取扱文書の定める基準は、法令の根拠に基づかないものであり、原告に氏名を戸籍名で表示するように義務づける根拠は存在しないにもかかわらず、被告藤川らは、本件取扱文書に定める基準に基づき原告に氏名を戸籍名で表示するように義務づけ、原告が研究活動の分野において氏名を通称名で表示することを実際上認めず、事務局職員を含む学内全体に多大な混乱を巻き起こしているところ、そこには一片の合理性も見い出すことができないのであるから、それなりの調査をすれば、被告藤川らの行っている右取扱が法令の根拠に基づかないもので、それが不合理なものであることは容易に判明しえたにもかかわらず、被告藤川らは事務局連絡会や企画調整会議において、十分な調査、検討を重ねることのないまま、本件取扱文書を作成し、そこに定める基準に従って原告の氏名を戸籍名で表示することにしたのであるから、被告藤川らの本件取扱文書の作成行為自体について過失が認められ、そうであれば、本件取扱文書を具体的に適用したことについても過失が認められるものというべきである。

のみならず、原告は被告藤川らに対し、本件取扱文書が作成された後にも、法的問題と原告に具体的に発生する損害を有して抗議を続けていたにもかかわらず、被告藤川らは原告の右抗議をまともに取り合わず、本件取扱文書に定める基準に基づき原告の氏名を戸籍名で表示して、原告の損害を拡大させたもので、被告藤川らには原告に具体的に発生した損害の発生について故意があったというべきである。

6  本件差止(義務づけ)請求の根拠

(一) 人は自己の氏名を保持する権利あるいは自己の氏名をその意思に反して奪われない権利を人格権として保障されているところ、人格権は人間の存在価値と密接な関係を有しているものであるから、法的保護はとりわけ厚くなされる必要があり、その侵害行為に対しては差止を請求することができるというべきであるが、被告藤川らは前記一連の侵害事実によって原告が「関口礼子」を自己の氏名として保持する権利あるいは右氏名をその意思に反して奪われない権利を侵害したものである。

また、著作権法は、著作者がその著作物について有している人格的利益を保護するために著作者人格権を保障するもので、著作者に対し、著作物の原作品に、またはその著作物の公衆への提供、提示に際し、その実名若しくは変名を著作者名として表示したり、著作者名を表示しない権利(氏名表示権。著作権法一九条)を保障しているところ、著作者名を表示せず、表示することを妨げ、著作者の同意を得ることなく著作者名を表示する行為は氏名表示権を侵害するものであり、著作者は右侵害行為の差止、予防を請求することができるとされている(同法一一二条一項)。

なるほど、同法は著作権という限定された分野に関する法律ではあるが、同法が氏名の侵害という事態に対し、被侵害権利の存在及び侵害を差し止める権利を認めていることは、氏名についての権利が侵害された場合の一般的な法律関係を考えるにあたっても、十分に参考とされなくてはならないところ、前記一連の侵害事実が右氏名表示権の侵害に該当しない場合であっても、原告が氏名保持権を侵害されることによって受ける打撃ないし損害は、氏名表示権が侵害された場合と比較して遜色がないものというべきであるから、氏名保持権が侵害された場合にもその侵害行為の差止、予防を請求することが認められてしかるべきである。

(二) ところで、原告は昭和五七年四月に図情大に就任した当時から今日に至るまで再三にわたり、図情大に対し、研究教育活動において、氏名を「関口礼子」と表示することを認めてほしいと申し入れ続けてきたものであるが、被告藤川らは、右申入れを拒否し続け、原告の氏名を戸籍名で表示するように大学関係者に周知徹底させ、前記一連の侵害事実を行ってきたものであり、更に被告藤川らは、昭和六三年九月八日にも、本件取扱文書を原告に交付しているが、これは被告藤川らが図情大一丸となって、原告の氏名を戸籍名で表示することを再確認したものというべきであるから、今後被告らが原告の申入れ通り、原告の氏名を「関口礼子」と表示することを期待することはできない。

(三) この点、被告藤川らが原告の氏名を戸籍名で表示することは、対外的に「関口礼子」という氏名で確認されている原告の同一性の把握に混乱をもたらすことは明白である。

(四) しかも、原告は、論文研究に関する文部省のデータベースにおいて、「関口礼子」という氏名で登録されており、また、他の国立大学においては氏名を「関口礼子」と表示した辞令を受け、講義を行ってきたものであるから、図情大においてのみ氏名を戸籍名で表示することを強要されるのは全く合理性を欠くものであり、以上の理由を踏まえて原告は被告藤川らとの間で、度重なる要請と交渉を重ねてきたにもかかわらず、被告藤川らは、原告の氏名を一般に通用していない戸籍名で表示することに拘泥し、前記の通り原告が氏名を「関口礼子」と表示した書類をあえて「甲野禮子」と書き換え、また、刊行物において原告の業績を空白にするなどの行為を継続していることに照らすと、被告藤川らは、原告に多大の損害が発生していることを認識しつつ、あえて右行為に及んできたものというべきであり、そうであるならば、原告に対する害意すら認められるというべきであるから、被告藤川らの有責性は強いといわざるをえない。

(五) そして、各種刊行物、講座名、原告を紹介する文書等において原告の氏名が戸籍名で表示されたならば、当該研究等が原告によってなされたものであることを知らしめることができず、原告は自己の業績を周知させることができず、多方面に誤解を与えてしまうという大打撃を受ける。

特に、刊行物については不特定多数の者に流布される性質をもつものであるから、一度原告の氏名が戸籍名で表示された刊行物が流布した場合、原告はそれが自己の著作物であることを読者に周知させることができず、また、この損害は事後的に、原告が右氏名を「関口礼子」に訂正したとしても、その実効性を伴わないものであるところ、かかる状況は原告が図情大に在籍する限り、今後も継続することが十分に予想されるものであって、その危険は原告にとって急迫しているというべきであり、研究者、教育者としては絶対に耐えられないことである。

しかも、原告は、氏名を戸籍名で表示することに屈しないことから、被告らによって図情大学内の教育人事を実質的に選考する教員選考委員会の委員から担当講座の教授の職にありながら外されており、また、平成三年一二月二六日支給の給与差額、平成四年二月分及び同年三月分給与、同月一三日支給の期末手当について、原告は受領の意思を明確に示しているにもかかわらず、会計課は原告が氏名を戸籍名で表示しないことを理由に右支払の手続をせず、法務局へ供託を行う旨の通知を送っていることから、原告は生計の基本である給与すら支給されない経済的な負担を負わされているもので、その精神的な屈辱感も耐えがたいものがある。

さらに、データベースに研究者の氏名が正しく登録されることは、研究者として必要不可欠であり、誤った氏名の表示で登録されれば、右データベースはその用をなさず、かえって研究活動にマイナスとなるものであるから、原告は「関口礼子」という氏名での登録を要請していたものであるが、事務局は、原告の右要請に係る趣旨を熟知しながら、平成四年五月初めころ、日本経済新聞社に対し、同社が作成するデータベース「日経人事データバンク」の基礎データにおける原告の氏名を戸籍名のみで表示したものであり、かような事務局の硬直した態度に照らすと、事務局が今後も研究機関ないし情報サービス業者に対し、原告の氏名を戸籍名のみで表示して情報提供する蓋然性は高い。

他方、被告藤川らにおいては、仮に、原告の氏名が「関口礼子」と表示されたとしても、何らの具体的な損害は生じるものではない。

(六) もし、かような状況が放置されれば、原告の研究教育活動の遂行は著しく阻害され、原告の業績信用が毀損され、その研究者としての前途が閉ざされる結果となることは明白であり、単に過去の不法行為事実について事後的に損害賠償責任を負担させるのみでは、原告の被害回復として十分とはいえないから、かように急迫した危険が存在する場合には、自己の氏名を保持する権利あるいは自己の氏名をその意思に反して奪われない権利(氏名保持権)に基づく妨害排除(予防)として、前記一連の侵害事実の差止を求めることができるというべきである。

そして、被告国は、原告の氏名が戸籍名で表示されることを差し止められる結果、原告の氏名を「関口礼子」以外の氏名で表示することを選択する余地はないのであるから、原告は被告国に対し、氏名保持権に基づく妨害排除(予防)として、原告の氏名を「関口礼子」と表示することを義務づけることまで請求しうるものというべきである。

7  損害

原告は、被告藤川らが、前記一連の侵害事実をなしたことにより、次の通り合計金一三三〇万〇〇三〇円の損害を被った。

(一) 研究のための経費立替金

合計金二一九万一〇三〇円

(1) 物品購入費等の立替金

合計金七七万八〇三〇円

原告は、研究事務室に対し、物品購入費用を研究費から支出するよう求めたにもかかわらず、研究事務室は、原告提出に係る物品等注文書に原告の氏名が「関口礼子」と表示されていることを理由に、右注文書の受領を拒絶しているため、原告は図情大のために物品購入費用として金七七万八〇三〇円を立替払した。

(2) アルバイターの謝金の立替金

合計金一〇五万六〇〇〇円

原告は、研究事務室に対し、アルバイターの謝金を研究費から支出するよう求めたにもかかわらず、研究事務室は、原告提出に係る出勤簿(案)等に原告の氏名が「関口礼子」と表示されていることを理由に、右出勤簿(案)の受領を拒絶しているため、原告は図情大のためにアルバイターの謝金として金一〇五万六〇〇〇円を立替払した。

(3) 出張旅費の立替金

合計金三五万七〇〇〇円

原告は、研究事務室から、出張旅費を支出するよう求めたにもかかわらず、研究事務室は、原告提出に係る旅行命令依頼票に原告の氏名が「関口礼子」と表示されていることを理由に、右依頼票の受領を拒絶しているため、原告は図情大のために出張旅費として金三五万七〇〇〇円を立替払した。

(二) 原告が、昭和六二年度図情大公開講座の講師ができなかったことによる逸失利益

金九〇〇〇円

(三) 慰藉料 金一〇〇〇万円

被告らの前記一連の侵害事実によって、原告の人格は著しく傷つけられ、「関口礼子」として統一した氏名で研究教育活動を行うことができなかったため、原告の研究は妨害され、学者としての信用、実績が著しく低下させられたが、この精神的苦痛を金銭に見積ると少なくとも金一〇〇〇万円を下らない。

(四) 弁護士費用 金一一〇万円

原告は、本件訴訟の進行を原告訴訟代理人弁護士らに委任し、その報酬として第一審判決後に金一一〇万円を支払う旨約した。

8  よって、原告は、被告国に対して、人格権に基づく妨害排除(予防)として請求の趣旨第1ないし第3項記載の各差止(義務づけ)を求め、国家賠償法一条一項に基づく損害賠償として金一三三〇万〇〇三〇円及びうち弁護士費用を除く金一二二〇万〇〇三〇円に対する本件違法行為の後である昭和六三年一二月二五日から、うち弁護士費用金一一〇万円に対する本件違法行為の後である平成五年一一月二〇日から各支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求め、被告藤川らに対し、民法上の不法行為に基づく損害賠償として右金員と同額の支払を求める。

二  請求原因に対する認否及び反論

1  請求原因1について

(一)(1) 請求原因1(一)(1)の事実のうち、原告が昭和三四年三月お茶の水女子大学文教育学部文学科を卒業した後、昭和三八年四月から東京大学大学院教育学研究科教育専門課程に進学し、教育社会学を選考して研究者となったものであるが、当時原告の戸籍名は「関口禮子」であったこと、昭和四一年八月二五日婚姻届出をし、その際婚姻後戸籍に記載される氏として夫の氏である「甲野」を選択したため、原告の戸籍名は「甲野禮子」となったことは認め、その余の事実は知らない。

(2) 請求原因1(一)(2)の事実は認める。

(二) 請求原因1(二)の事実は認める。

2  請求原因2について

(一) 請求原因2(一)の事実は認める。但し、同2(二)ないし(四)の各事実が違法であるとの主張は争う。

本件取扱文書は、図情大の事務局各課における事務処理の方針を統一するために、当時の図情大学長町田貞が所定の手続を踏んで、図情大における原告の氏名の取扱基準を決定したもので、右決定に基づき被告岡田が職務として、印刷配付等したものである。

(二) 請求原因2(二)の事実について

(1) 請求原因2(二)(1)について

イ 請求原因2(二)(1)イハの各事実は認め、同2(二)(1)ロの事実は否認する。

ロ 請求原因2(二)(1)ニのうち、原告はポスターが回収されなかったことから、公開講座の講師を行わず、講師料金九〇〇〇円を得ることができなかったことは認め、その余の事実は否認する。

ハ 原告は、長谷川企画広報係長との間で、昭和六二年七月二四日ころ、同年度秋の公開講座のポスターにおいては原告の氏名を「関口礼子」に括弧書きで戸籍名を加えて表示することについて了解ができていたものである。

(2) 請求原因2(二)(2)について

イ 請求原因2(二)(2)イの事実のうち、原告が岐阜教育大学在籍中、氏名を「関口礼子」と表示して科学研究費補助金研究者名簿の登録をしていたことは知らず、原告が昭和五七年八月ころ、研究事務室係員から科学研究費補助金研究者名簿の変更届を作成するために科学研究費補助金研究者番号を尋ねられたことは認め、その余は否認する。

ロ 請求原因2(二)(2)ロの事実は認め、同2(二)(2)ハの事実は否認する。

研究事務室係員は、原告に対し、発令名で記入願いたいとの要請をなしたのみであり、戸籍名で表示するように命じたものではない。

ハ 請求原因2(二)(2)ニの事実は知らない。

ニ なお、原告は、文部省が平成元年七月から研究者が希望する場合には氏名を戸籍名に括弧書きで通称名を加えて表示するように届け出ることもできる取扱になったことを伝えられたにもかかわらず、あくまで氏名が「関口礼子」のみの表示で登録されることに固執して、右の通り戸籍名に通称名が併記されることすら拒否しているにすぎない。

(3) 請求原因2(二)(3)について

イ 請求原因2(二)(3)イの事実は認める。

ロ 請求原因2(二)(3)ロの事実は否認する。

原告は、昭和六二年三月三〇日ころ、自己の昭和六一年度の科学研究費補助金研究に関する研究成果報告書の印刷原稿における氏名の表示が「関口礼子(甲野禮子)」あるいは「甲野禮子」とされていることを知り、翌三一日文部省学術国際局研究助成課の担当者と協議した際、右報告書において、表紙の氏名は「関口礼子(甲野禮子)」と、その余の部分の氏名は「関口礼子」と表示することに承諾したため、かかる氏名の表示で印刷されたものであるから、氏名表示権の侵害には該当しない。

ハ 請求原因2(二)(3)ハの事実のうち、印刷製本された右報告書において、表紙の氏名は「関口礼子(甲野禮子)」と、その余の部分の氏名は「関口礼子」と表示されたことは認め、その余の事実は知らない。

(4) 請求原因2(二)(4)について

イ 請求原因2(二)(4)イについて

請求原因2(二)(4)イⅰの事実は認め、同2(二)(4)イⅱの事実は否認し、同2(二)(4)イⅲの事実のうち、昭和六一年度版筑波研究学園都市研究便覧において、原告の氏名が「甲之禮子」と表示され、研究課題が空白とされたことは認め、それが同2(二)(4)イⅱの事実によるものであることは否認し、同2(二)(4)イⅳの事実は否認ないしは争い、同2(二)(4)イⅴの事実は知らない。

事務局庶務課企画広報係(以下「企画広報係」という)は、連絡協議会事務局から、右便覧の原稿作成の依頼を受けたが、機関の概要における氏名の表示については、図情大の職員録と統一性を持たせるために、発令名である戸籍名によることとして、原告の氏名についても発令名で表示したが、新規研究テーマ調査票における氏名の表示は研究者の研究活動に関わるものであるから、研究者本人に記入を依頼することとして、原告についてもその記入を依頼したところ、原告は右調査票において氏名を「関口礼子」と表示したので、そのまま右連絡協議会事務局に送付したところ、右連絡協議会事務局の電算処理のプログラム上機関の概要における氏名の表示と前記調査票における氏名の表示が合致しない場合には、研究機関等組織別概要の氏名の後の研究課題欄が空欄になるようになっていたために、「甲之禮子」と表示された原告の研究課題欄は空白になったものである。

ロ 請求原因2(二)(4)ロについて

請求原因2(二)(4)ロⅰⅱの各事実はいずれも認め、同2(二)(4)ロⅲの事実は知らない。

事務局は、平成元年度版の筑波研究学園都市研究便覧の研究機関等組織別概要における氏名の表示は図情大の職員録と統一性を持たせるために、発令名である戸籍名によることとし、原告の氏名は「甲之禮子」と表示することとしたが、分野別研究概要(研究テーマ調査票)については、研究者の研究活動に関わるものであるから、研究者本人に記入を依頼することとして、原告についてもその記入を依頼したところ、原告は氏名を「関口礼子」と表示した調査票を提出したため、事務局は、連絡協議会の作成要領を考慮して、分野別研究概要の章では原告の氏名を「関口礼子(甲之禮子)」と表示するように連絡協議会に対し回答したものである。

(5) 請求原因2(二)(5)について

請求原因2(二)(5)イの事実は認め、同2(二)(5)ロの事実は否認し、同2(二)(5)ハの事実は知らない。

事務局は、昭和六三年九月一六日、原告の氏名を「関口礼子」と表示した研究討論会のポスターを学内の所定の掲示板(一階教職員用、一階学生用及び二階研究事務室前)に掲示していたところ、原告から事務局に対し研究討論会についてより詳細な情報がもりこまれたA四版の案内用紙が提出されたので、事務局では右ポスターに代えて原告提出の右案内用紙をB四版に拡大して掲示したものである。

(6) 請求原因2(二)(6)について

イ 請求原因2(二)(6)イの事実のうち、研究事務室あるいは被告岡田が原告に対し、氏名を戸籍名で表示するように強要したことは否認し、その余の事実は認める。

ロ 請求原因2(二)(6)ロの事実のうち、原告は戸籍名で学術情報センターの科学研究費補助金研究者に関するデータベースに登録されたため、戸籍名で検索しなければ、同人の研究物を検索することができないことは認め、その余の事実は否認する。

ハ 被告岡田は、原告に対し、データベースに氏名を「関口礼子」という表示で入力して欲しい旨の要望を別紙に記載して提出するように要請し、原告提出に係る右要望書を研究実績報告書等とともに文部省学術国際局長あてに提出した。

(7) 請求原因2(二)(7)について

イ 請求原因2(二)(7)イⅰⅱの各事実はいずれも認め、同2(二)(7)イⅲの事実は否認し、同2(二)(7)イⅳの事実は知らない。

ロ 請求原因2(二)(7)ロⅰの事実は認め、同2(二)(7)ロⅱの事実は否認する。

(8) 請求原因2(二)(8)について

請求原因2(二)(8)イの事実は認め、同2(二)(8)ロの事実は否認し、同2(二)(8)ハの事実のうち、原告が「図情大教授」という肩書を外すことに応じたこと、右エッセイが右肩書を外した氏名で館報に掲載されたことは認め、その余の事実は知らず、同2(二)(8)ニの事実は否認する。

(9) 請求原因2(二)(9)について

請求原因2(二)(9)イの事実は認め、同2(二)(9)ロの事実は否認する。

(10) 請求原因2(二)(10)について

請求原因2(二)(10)イの事実は認め、同2(二)(10)の事実は否認する。

(11) 請求原因2(二)(11)について

請求原因2(二)(11)イの事実は認め、同2(二)(11)ロの事実は否認し、同2(二)(11)ハの事実のうち、原告が同人の氏名を「関口礼子」という表示に括弧書きで戸籍名を加える方法で表示することに応じ、そのため、「ゆうりす」において原告の氏名はかかる方法で表示されたことは認め、その余の事実は否認し、同2(二)(11)ニの事実は否認する。

(12) 請求原因2(二)(12)について

イ 請求原因2(二)(12)イについて

ⅰ 請求原因2(二)(12)イⅰaの事実は認め、同2(二)(12)イⅰbの事実は否認する。

ⅱ 請求原因2(二)(12)イⅱabの各事実はいずれも認め、同2(二)(12)イⅱcの事実のうち、原告が昭和六三年一二月二〇日、宮森会計課長に対し、口頭で同月分までの出勤簿(案)等を提出したい旨申し入れたが、宮森会計課長が右申入れを拒否したことは認め、同2(二)(12)イⅱcのその余の事実は否認し、同2(二)(12)イⅱdの事実は否認する。

宮森会計課長は、賃金支弁職員の雇用等に関する事務は、研究事務室の担当であるので、そちらへ提出願いたい旨説明して、原告の提出した出勤簿(案)等を返却したものである。

ロ 請求原因2(二)(12)ロについて

請求原因2(二)(12)ロⅰの事実は認め、同2(二)(12)ロⅱの事実は否認する。

(三) 請求原因2(三)について

(1) 請求原因2(三)(1)について

請求原因2(三)(1)イの事実は認め、同2(三)(1)ロⅰⅱⅲの各事実はいずれも否認する。

授業時間割及び学生マニュアル(授業概要)は、図情大の編集著作物(著作権法一二条)であるから、原告は氏名表示権を有しない。

仮に、学生マニュアル(授業概要)のうち、原告執筆部分が原告の著作物であったとしても、著作権法一五条の規定により、著作者はやはり図情大ということになるから、原告は氏名表示権を有しない。

(2) 請求原因2(三)(2)について

請求原因2(三)(2)イの事実は認め、同2(三)(2)ロの事実は否認する。

(3) 請求原因2(三)(3)について

請求原因2(三)(3)イの事実は認め、同2(三)(3)ロⅰⅱⅲの各事実はいずれも否認する。

卒業研究抄録は、内容的に原告が指導助言して作成されたものであるとしても、その著作権は、執筆した学生のみに帰属するものである。

(4) 請求原因2(三)(4)について

請求原因2(三)(4)イの事実は認め、同2(三)(4)ロの事実は否認する。

庶務課は、昭和六三年度の図情大案内から在籍する各教官の主な研究テーマを記載する欄が設けられたことに伴い、同年度版以降の図情大案内では原告の氏名を「甲野禮子(関口礼子)」と表示するようにしたもである。

(5) 請求原因2(三)(5)について

請求原因2(三)(5)イの事実は認め、同2(三)(5)ロⅰの事実は知らず、同2(三)(5)ロⅱⅲの各事実はいずれも否認する。

(6) 請求原因2(三)(6)について

請求原因2(三)(6)イの事実は認め、同2(三)(6)ロの事実は否認する。

図情大附属図書館では、指定図書にはすべて図書ラベル及び指定図書であることを明確にするための指定図書ラベルを背表紙下部に貼付しているが、右ラベルの貼付は日本図書館協会発行の「図書館ハンドブック」に基づき、書籍の下から1.5センチメートルの位置に図書ラベルを、その上段に指定図書ラベルをそれぞれ貼付しているもので、結果的には背表紙の「関口礼子」という氏名の表示が隠れてしまったとしても、各指定図書の表題紙、奥付などの「関口礼子」という表示がそのまま残っていたのであるから、右各ラベルの貼付は図書館における図書の装備における公正な慣行に従ったものであるから、著作権の侵害に該当するものではない。

(四) 請求原因2(四)について

(1) 請求原因2(四)(1)について

請求原因2(四)(1)イの事実は認め、同2(四)(1)ロの事実は否認する。

(2) 請求原因2(四)(2)について

請求原因2(四)(2)イの事実は認め、同2(四)(2)ロの事実は否認する。

(3) 請求原因2(四)(3)について

請求原因2(四)(3)イの事実のうち、庶務課が昭和五七年四月以降現在に至るまで、原告の明示の意思に反して教授会の座席名札における原告の氏名を戸籍名で表示していたこと、原告が昭和六三年四月以降に教授会が開かれる度に教授会の原告の座席名札を「関口礼子」に書き換えることがあったことは認め、その余の事実は否認し、同2(四)(3)ロの事実は否認する。

(4) 請求原因2(四)(4)について

請求原因2(四)(4)イの事実は認め、同2(四)(4)ロの事実は否認する。

(5) 請求原因2(四)(5)について

請求原因2(四)(5)イロの各事実はいずれも否認する。

3  請求原因3ないし6の各主張はいずれも争う。

4  請求原因7(一)(二)(四)の各事実はいずれも知らない。同7(三)の事実は否認する。

5  被告らの主張

(一) 定員約一二〇万人を擁する国家公務員制度のもとで、いかなる人を採用し、採用後いかに処遇するか(担当職務、昇任、降任、転任、給与等)の問題、現実に公務遂行の外観を呈する行為を行っている者が真実、国家公務員として任用されたものであって、当該公務を担当すべき地位、権限を有しているのかの問題を適正、確実、迅速に解決するためには公務員の同一性の把握が不可欠であるところ、戸籍は我が国における国民の身分関係を公証する唯一の制度であり、氏名の特定にあたって戸籍名によることが永年公務員制度において当然のこととして扱われてきており、文部省関係においても、文部省大臣官房人事課長通知「職員の任免等の手続について」(昭和五九年九月二七日付文人任第一五〇号)及び同人事課長通知「俸給決定の手続きについて」(昭和四一年五月一二日付文人給第八六号)により戸籍名によることとされており、図情大も含めた文部省関係機関において任免、給与関係の書類における氏名の取扱については、右の考え方、文部省通知に従って、当然のこととして戸籍名を使用してきており、また、公務員を取り巻く法律関係は、時間的にも空間的にも、拡大していくものであるから、公務員本人の同一性を把握するためには、戸籍名によることを原則とせざるをえない。

このことにより、仮に公務員個人が、公務を遂行する過程で、自己の通称名を使用する利益をある程度制約されることになったとしても、これは、大量の公務の適正、迅速な執行を確保するため、公務員の同一性を把握する必要があることから生じるやむをえない制約というべきである。

もとより、公務員の同一性の把握を必要とする場面は、多種多様であり、かつ、公務員の種類、担当職務にも種々のものがあるから、国としても、公務員の同一性を把握するために、常に一律に戸籍名によるべきことを求めているわけではなく、事柄の性質に応じて、前記原則の趣旨を損なわない範囲で弾力的運行を行っており、図情大においても、右のような基本的考え方に基づき、学長及び事務局長の命を受けて、被告岡田が原案の作成に当たり、事務局連絡会で検討の上、企画調整会議において学長が本件取扱文書を決定し、本件取扱文書に定める基準に基づいて原告の氏名の取扱がされているところ、右取扱の内容は合理的であって、憲法、法令等に違反するものではない。

なるほど、通称名も、個人を他人から識別し特定する機能を有するという意味において、戸籍名と同様の機能を有するものであることについては、被告らとしても異論はないところであるが、このことから、直ちに、通称名も戸籍名と同等の法的保護を受けるべきであるとの結論を導くことはできない。すなわち、戸籍名は、民法の規定により定まり、我が国唯一の身分関係の公証制度である戸籍に記載される法律上の氏名であり、氏の変更及び名の変更については、厳格な要件が定められており、かつ、家庭裁判所の許可を受けることを要するのであるから(戸籍法一〇七条及び一〇七条の二)、これを本人の意思で自由に選択し変更することのできる通称名と同視することは適当ではないし、個人の同一性識別の機能においても、通称名はそれが使用されている人との間でしか、個人の同一性を識別する機能を持ちえないものであるところ、公務員としての法律関係は、時間的にも空間的にも、右範囲をはるかに超えて拡大していくものであるから、戸籍名と通称名とでは、格段の違いがあることは明らかである。

ところで、国家公務員としての通称名使用の是非は、単に、大学教授等の研究者だけに限られる問題ではなく、また、通称名の範囲も、婚姻により改氏される前の氏を使用する場合に限定されない。そうすると、戸籍名以外の氏名を通称名として使用するすべての場合を念頭におき、かつ、国家公務員のすべての職種が通称名を使用する場合を想定して、可否を検討することが必要である。そうすると、公務員関係において、立法による歯止めもないまま、通称名の使用を容認した場合には、本人の任意の選択により、あらゆる通称名の使用を認めざるをえない結果となり、ひいては公務に多大の混乱、渋滞、支障をもたらすことが容易に推測できるところである。

図情大においては、既に、原告の研究成果の公表物や、学内刊行物に寄稿する論文等に係る表現活動については、原告が氏名を通称名で表示することを容認している。図情大が原告に氏名を戸籍名で表示することを求めているのは、公務員関係上の基本的な文書等で、特に本人の同一性の確認を厳格にすることを要するものであり、主として、手続にわたる文書であり、原告の教育研究活動の内容に関わるものではない。

したがって、原告主張に係る一連の侵害事実が、その権限行使につき裁量権の範囲を逸脱し、または、その濫用があったものと認めることはできない。

(二) 本件差止(義務づけ)請求の許否

仮に、人格権に基づく妨害排除(予防)請求の可能性があるとしても、その可否については、それによって侵害者側の自由活動を制限することの損失と、被害者側のそれによって受ける利益との比較考量によって決めるべきである。

そこで、かかる観点から検討してみると、仮に、全面的に氏名を通称名で表示することを容認した場合には、原告が関わる公務員としての各種法律関係において、その同一性を公的に確認する方法がないこととなり、特に、原告が図情大において、公権力の行使や公の意思形成に係る事務に関与した場合、その内部的、または、対外的な責任の所在について、極めて不安定な状態を招来することとなるのみならず、公務員の平等取扱の原則からして、原告一人に氏名を通称名で表示することを容認すれば、他の全公務員についても、同様に氏名を通称名で表示することを認めざるをえず、かくては、将来にわたり、公務の民主的、かつ、安定的な運営に支障を来すことは明らかであるし、また、何らの基準もなく、部分的に氏名を通称名で表示することを認めた場合は、同一人物に対し、複数の異なった氏名が併存することを防止することができないから、種々の混乱を生じ、公務の能率的運営に支障を生ずることになる。

他方、原告が、本件差止(義務づけ)請求によって受ける利益についてみれば、現在図情大においては、既に発表論文の名義等原告の研究活動の根幹に関わる文書については、原告の希望をいれて氏名を通称名で表示することを認めているのであり、戸籍名で表示することを求めているのは、公務員関係上の基本的な文書等で、特に本人の同一性確認を厳格にすることを要するものであり、主として手続にわたる文書であり、原告の教育研究活動の内容に関わるものではないから、これによって、原告の本来の職務である教育研究活動が阻害されるものではない。

そうすると、前記の通り予測される公務の能率的運営についての支障を容認してまで、氏名を通称名で表示することを広く導入しなければならないほど、原告の権利関係が重大な侵害を受けているとは到底解しえないから、本件差止(義務づけ)請求はいずれも棄却されるべきである。

(三) なお、被告らは請求の趣旨第1ないし第3項掲記の各文書につき、本件取扱文書に定める基準に基づいて原告の氏名を戸籍名で表示しているものであるが、右取扱のもととなっている法令、通達、内規等は次の通りである。

(1) 請求の趣旨第1項(二)について

イ 「科学研究費補助金研究者名簿について(依頼)」と題する昭和五七年八月三〇日付五七学助第二七号文部省学術国際局研究助成課長名義の文書

ロ 「科学研究費補助金研究者名簿について(依頼)」と題する平成元年七月二五日付元学助第四四号文部省学術国際局研究助成課長名義の文書

(2) 請求の趣旨第1項(三)(五)、同第2項について

通達、内規等は特にないが、前記(1)に準じて取り扱うのが慣例となっている。

(3) 請求の趣旨第1項(四)について

筑波研究学園都市研究機関等連絡協議会事務局長から図情大学長あての「筑波研究学園都市研究便覧の原稿作成について(依頼)」と題する文書中の原稿作成要領

(4) 請求の趣旨第1項(一七)について

昭和四一年二月一〇日政令第一一号「人事記録の記載事項に関する政令」

(5) 請求の趣旨第3項、同第1項(七)ないし(一六)について

取扱のもととなっている法令、通達、内規等は特段存在しないが、いずれも、原告の図情大助教授、教授としての発令が戸籍によって行われているどころから、戸籍名で表示するのを慣例としている。

(6) 請求の趣旨第1項(一)(六)について

取扱のもととなっている法令、通達、内規等は存在しない。

(四) 被告藤川らの主張

被告藤川らは、公権力の行使にあたる国家公務員としてその職務を行ったものであるから、被告国が原告に対して損害賠償の責めに任ずる場合があるとしても、公務員個人たる被告藤川らが原告に対し、損害賠償責任を負うものではない。

第三  証拠〈省略〉

理由

一請求原因1(当事者関係)について

1  請求原因1(一)(原告)について

(一)  原告の略歴

原告は昭和三四年三月お茶の水女子大学文教育学部文学科を卒業した後、昭和三八年四月から東京大学大学院教育学研究科教育専門課程に進学し、教育社会学を選考して研究者となったものであること、原告は昭和五七年四月一日図情大図書館情報学部助教授に就任したが、昭和六〇年四月一日図情大図書館情報学部教授に昇任し、右専攻領域に関する研究活動及び同大学所属の学生の教育に従事している国家公務員であることは当事者間に争いがない。

なお、〈書証番号略〉によれば、原告は昭和五〇年四月から昭和五七年三月まで岐阜教育大学に助教授として在籍していたこと、昭和五〇年四月から昭和五四年九月まで京都大学大学院教育研究科及び同大学教育学部に非常勤講師として在籍していたこと、昭和五四年三月に筑波大学に社会科学系非常勤講師(集中講義)として在籍していたことの各事実が認められる。

(二)  原告の通称名使用の経緯

(1) 原告の戸籍名は、同人が研究者となった昭和三八年四月当時「関口禮子」であったことは当事者間に争いがないが、〈書証番号略〉、原告本人尋問の結果によれば、原告は当時の戸籍名「関口禮子」の「禮」の字が第三者にとって判読困難であり、実社会においてほとんど使用されていないものと考えて、自己の氏名を「関口礼子」と表示して日常生活及び研究活動を行ってきたことが認められる。

(2) 原告は昭和四一年八月二五日婚姻届出をし、その際婚姻後戸籍に記載される氏として夫の氏である「甲野」を選択したため、原告の戸籍名は「甲野禮子」となったことは当事者間に争いがない。

そして、原告本人尋問の結果によれば、原告は婚姻により氏が変動することに不快感を覚えたものの、婚姻により戸籍上の氏が変動しても自己が変動前の氏を使用し続けることは自由であると考えて右婚姻届出をしたことが認められる。

また、〈書証番号略〉及び原告本人尋問の結果によれば、原告は従前から氏名を「関口礼子」と表示して日常生活及び研究活動を行っていたため、新たに氏を「甲野」と表示すれば、関係者全体に混乱を引き起こすことになると考えて、婚姻後も氏名を「関口礼子」と表示することを決意し、日常生活、研究活動、論文発表等において自己の氏名を「関口礼子」と表示してきたことが認められる。

(3)イ 前記の通り、原告は昭和五〇年四月から昭和五七年三月まで岐阜教育大学に助教授として在籍していたものであるが、〈書証番号略〉、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、岐阜教育大学が京都大学教育学部長にあてた「非常勤講師の依頼について(回答)」と題する書面では、原告の氏名は「甲乃礼子」あるいは「甲乃(関口)礼子」と表示されていたこと、原告は岐阜教育大学在籍中、科学研究費補助金研究者名簿における氏名を「関口礼子」と表示して登録し、氏名を「関口礼子」と表示した書類により右補助金を受領していたことの各事実が認められる。

ロ また、前記の通り、原告は昭和五〇年四月から昭和五四年九月まで京都大学教育学部に非常勤講師として在籍していたものであるが、〈書証番号略〉、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告は同大学同学部の非常勤講師に採用されるにあたって氏名を「関口礼子戸籍名甲乃礼子」と表示した履歴書(〈書証番号略〉)を同大学に提出していること、同大学における原告の発令名は「甲乃礼子」と表示されていたこと、同大学における授業時間割、授業概要、単位の認定等については原告の氏名は「関口礼子」と表示されていたこと、原告は同大学から給与の振込のための戸籍名義の預金口座を開設するように依頼されたため、戸籍名義の預金口座を開設したものの、同口座は給与の振込のためのみに使用され、給与の振込の必要がなくなった後は同口座は解約されたこと、原告は日常生活においてもその氏名を「関口礼子」と表示していたことの各事実が認められる。

ハ さらに、前記の通り、原告は昭和五四年三月に筑波大学に社会科学系非常勤講師(集中講義)として在籍していたものであるが、〈書証番号略〉、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、筑波大学長から昭和五四年三月一〇日原告の氏名を「関口礼子」と表示した講師に採用する旨の辞令を受領し、以降同大学の授業、単位認定、給与に関わる原告の氏名は「関口礼子」と表示されていたこと、原告は日常生活においてもその氏名を「関口礼子」と表示していたことの各事実が認められる。

(4)イ ところで、〈書証番号略〉、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告は昭和五三年一〇月ころ、図書館大学(仮称)創設準備室長あてに、図書館大学(仮称)設置の上は、図書館情報学部図書館情報学購読(ドイツ語)、専門資料論Ⅱ(社会科学)演習、比較社会学、社会心理学担当の専任教員として、昭和五八年四月一日から就任することを承諾するとの昭和五三年一〇月二七日付就任承諾書、履歴書、教育研究業績書及び職務調書を提出したこと、その際、原告は自己の氏名として就任承諾書には「甲野禮子」、履歴書には「甲野(関口)禮子」、教育研究業績書には「関口礼子(甲野禮子)」、職務調書には「甲野禮子(関口)」と表示したこと、原告が右就任承諾書における氏名を「甲野禮子」と表示したのは、予め鉛筆書きでなされていた指示に従ったものであること、原告はそれ以外の書類の氏名欄における氏名の表示方法については特に指示を受けていなかったものの、各書類間の連関性を欠かないようにとの配慮から前記の通り表示したことの各事実が認められる。

ロ また、〈書証番号略〉、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告は昭和五四年八月二〇日ころ同人の氏名が「甲乃禮子」と表示された図情大の専任教員となることを承諾するとの就任承諾書に実印を押印したこと、原告は昭和五七年三月一八日ころ図情大庶務課人事係長であった眞島豊(以下「眞島」という)あてに、書簡と文部省大学学術局あての「聖徳学園理事長が割愛承諾書を発行しないことについての説明」と題する書面を提出したが、その際右書簡には氏名を「甲乃礼子」と、右書面には氏名を「甲野(関口)禮子」と表示したこと、原告は昭和五七年三月二〇日ころ氏名を「甲野禮子(関口礼子)」と表示した履歴書を提出したこと、原告は眞島に対し、昭和五七年三月二四日ころ速達郵便を出したが、右速達の書簡においては草書で氏名を「甲乃礼子」と表示したこと、原告は昭和五七年三月二七日水戸財務部筑波出張所長あてに自己の氏名を「甲野(関口)禮子」と表示した宿舎貸与申請書を提出したことの各事実が認められる。

(5) 前記の通り、原告は昭和五七年四月一日図情大図書館情報学部助教授に就任したものであるが、〈書証番号略〉、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告は昭和五七年四月一日、右助教授就任に際し、国家公務員としての宣誓書を作成するにあたって、氏名を「甲野禮子」と表示し、その際、氏名を「甲野禮子」と表示した文部省人事異動通知書(任命権者文部大臣)を受領したこと、原告は昭和五七年四月一日図情大学長あてに着任届、扶養親族移転届、文部省共済組合の組合員資格取得届及び被扶養者申告書を提出したが、その際氏名を「甲野禮子」と表示したこと、原告は昭和五七年四月八日図情大学長あてに扶養親族届及び通勤届を提出したが、その際氏名を「甲野禮子」と表示したこと、原告は昭和五七年一二月一一日図情大学長あてに通勤届を提出したが、その際氏名を「甲野禮子(関口礼子)」と表示したこと、原告は図情大に対し右助教授就任後初めて科学研究費補助金の申請をした際、右申請書に氏名を「関口礼子(甲野禮子)」と表示したことの各事実が認められる。

もっとも、この点について、〈書証番号略〉及び原告本人尋問の結果中には、原告は当時図情大設立準備委員長松田智雄(以下「松田」という)に対し、昭和五四年四月上旬ころ、自己が氏名として表示している「関口礼子」は戸籍名ではないものの、研究教育活動においては一貫して氏名を「関口礼子」と表示してきたものであるから、引き続き図情大でも氏名を「関口礼子」と表示したい旨を表明して、松田からその承諾を受けていたものであり、前掲各書類においては氏名を「甲野禮子」と表示したものが存在しないわけではないが、それは原告が眞島から以降「関口礼子」は使用しないとの文書を作成するように要請されていたところ、図情大助教授に就任する前提として必要であった割愛承諾書を岐阜教育大学が発行しないという揉め事があったことなどから、眞島の感情を害さないためになされたものにすぎず、また、原告は図情大助教授に就任するに際し宣誓書を作成するにあたって氏名を「甲野禮子」と表示したのは、原告がまず氏名を「関口礼子」と表示したところ、図情大事務官から戸籍名で宣誓書を書かなければ任命を取り消す旨の強迫を受け、更に強硬に戸籍名を記載するように指示されたため、右「関口礼子」の表示の後に括弧書きで戸籍名を表示し、さらに、戸籍名の後に括弧書きで「関口礼子」と表示したが、いずれの表示方法も許されなかった結果、やむをえずなしたものであり、かつ、その後も図情大側から再々氏名を戸籍名で表示するように指示されたために一時的に氏名を「関口礼子」以外で表示したものにすぎないとの記載あるいは供述部分が存在する。

しかし、原告が図情大助教授に就任する以前に、松田から図情大でも氏名を「関口礼子」と表示することの承諾を得ていたのであれば、眞島から「関口礼子」は使用しないとの文書を作成するように要請され、また、宣誓書の署名にあたって図情大事務官から戸籍名を表示するように指示を受けた際に、原告は氏名を「関口礼子」と表示することについて当時の松田学長の承諾を得ている旨反駁するなり、同学長から眞島あるいは右図情大事務官に直接指導するよう同学長に要求してしかるべきであるにもかかわらず、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告はかかる反駁あるいは要求をしていないことが認められる。そして、〈書証番号略〉によれば、原告は図情大に対し、昭和五七年三月二五日、「関口礼子」が「甲野禮子」と同一人物であることを確認するとの文部大臣あて申立書を提出したことが認められ、更に〈書証番号略〉によれば、原告が図情大助教授に就任した後の昭和五七年四月八日松田学長に対して提出した許可願いと題する書面(〈書証番号略〉)には、事前に承諾を得ていた氏名を「関口礼子」と表示することについての約束を改めて確認したり、氏名を「関口礼子」と表示することができなかったことについての抗議が記載されているのではなく、同学長に対し初めて氏名を戸籍名で表示することによって生ずる不利益を説明して、氏名を「関口礼子」と表示することの許可を申し入れるような内容が記載されていることが認められる。

しかも、原告が宣誓書の作成に関して図情大事務官から戸籍名で宣誓書を書かなければ任命を取り消すという強迫を受けたという事実が真実であれば、右事実は原告が図情大において氏名を「関口礼子」と表示することができなくなった根源に相当するものというべきであるから、その記憶は鮮明になされ、かつまた、原告本人尋問においてもまずもって詳細に供述が行われてしかるべきであるにもかかわらず、原告本人尋問の結果によれば、原告は右強迫をなした事務官の顔も名前も記憶しておらず、右事務官がいつまで図情大に勤務していたかさえ記憶していないと供述しており、また、右強迫の事実については、原告訴訟代理人らの原告本人に対する主尋問において一切触れられておらず、被告ら訴訟代理人山崎宏征の右反対尋問でただされて初めて供述されていることが明らかである。さらに、原告本人尋問の結果によれば、原告は従前雑誌「現代のエスプリ」二六一号に自己が右宣誓書に署名した経緯について文章を寄稿しているが、右文章には原告は宣誓書に「関口礼子」と署名したところ、戸籍名で署名するように言われて都合二通の宣誓書に署名した旨の記載があるところ、右記載は原告本人尋問の結果と齟齬するものであることが認められる。なお、原告は、右齟齬は単に表現を省略したために生じたものであると説明するが、原告の右説明はにわかに納得できるものではない。

してみると、原告の前記記載及び供述部分はいずれも不自然かつ不合理であって、にわかに信用することができないものというべきである。

(6) さらにまた、前記の通り、原告は、昭和六〇年四月一日から図情大図書館情報学部教授に昇任したものであるが、〈書証番号略〉によれば、右同日、原告が受領した文部省人事異動通知書(任命権者文部大臣)における原告の氏名は「甲野禮子」と表示されていたことが認められる。

2  請求原因1(二)(被告ら)について

被告国は、学校教育法に基づき茨城県つくば市春日一丁目二番地において図情大を設置しているものであり、被告藤川は昭和五八年一一月から同大学副学長に、昭和六二年一〇月二〇日から同大学学長に就任し、同大学に所属する職員を統督していた国家公務員であり、被告井上は昭和六三年四月一日から同大学事務局長に就任していた国家公務員であり、被告岡田は昭和六二年四月一日から同大学事務局庶務課長に就任していた国家公務員であることは当事者間に争いがない。

3  以上認定の当事者関係の通り、原告は、被告国が設置する国立大学の教授であるが、当時図情大学長であった被告藤川らのなした本件取扱文書の配付及びその実施の徹底という一連の措置によって、原告の氏名を戸籍名で表示したことが、人格権その他の権利を違法に侵害するものであるとして、人格権に基づく妨害排除(予防)請求として右一連の措置についての差止(義務づけ)及び国家賠償法一条一項に基づく損害賠償を請求している。

しかしながら、原告は、図情大に国家公務員として任用されたものであって、図情大との間で公法上の任用関係に立つものであり、公務員の服務及び勤務関係が公法上の関係であることは明らかである。そして、被告藤川は、図情大の学長として、同大学における研究教育活動を円滑に滞りなく行うという専門的見地から、同大学に任用されている教授ら職員の勤務条件を定め、人事権を発動することができるものというべきであって、その人事、大学行政権の行使につき、一定の裁量権が認められるところ、原告は、右取扱が不当なものであれば、人事院に対して所轄庁の長らによって適当な行政上の措置が行われるように要求しうるものである(国家公務員法八六条、教育公務員特例法一一条一項、附則二五条、国家公務員法一〇六条)。そして、勤務条件とは、公務員がその労務を提供するに際しての諸条件のほか、労務の提供に関連した待遇の一切を含むものと解するのが相当であるから(東京高裁昭和四〇年四月二八日判決・行裁集一六巻五号九八五頁)、公務員の同一性を把握する方法としての氏名の表示方法についても勤務条件の一つに該当するものというべきである。

しかして、原告の被告国に対する本件差止(義務づけ)請求については、被告国の人事、大学行政権の行使の取消変更ないしその発動を求める請求を包含するものであり、かかる請求が民事訴訟の手続により訴求することができるかどうか問題の存するところであるが、この点はひとまず措くとしても、少なくとも原告は、その属する図情大という部分社会における具体的生活関係においては、勤務・施設の利用等につき特別な命令権に服する関係にあるが、被告藤川らがなした図情大の一定の措置が、一般の市民法秩序と直接関係を有する場合にはその限りにおいて司法審査の対象となるものであり、権限の行使といえども、裁量権の範囲を逸脱し、または、その濫用があった場合には、違法をもたらすものと解するのが相当である。

そこで、右の観点から、以下原告主張に係る一連の侵害事実の有無について検討する。

二請求原因2(侵害事実)について

1  請求原因2(一)(本件取扱文書)について

(一)  本件取扱文書が作成された経緯

(1) 原告は昭和五七年四月八日図情大図書館情報学部助教授に就任するに際し、同大学学長に対し、研究教育活動において自己の氏名を「関口礼子」と表示することを希望する旨申し入れ、その後も再三、被告藤川らに対し右要望を申し入れてきたものであるが、図情大は被告岡田をして昭和六二年六月二四日本件取扱文書を作成し、事務局等に配付した上周知させ、本件取扱文書に定める基準に基づき原告の氏名を取り扱うこととしたことは当事者間に争いがない。

(2) 〈書証番号略〉、証人須田秀志(以下「須田」という)の証言、原告及び被告岡田各本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、被告岡田は昭和六二年四月一五日事務局長の指示を受けて、同大学各課で取り扱っている文書における原告の氏名をいかに表示すべきかを調査するために、同月二七日当時文部省大臣官房人事課審査班法規係長であった須田を訪ねて氏名を戸籍名で表示すべき文書とそうでない文書との振り分けの基準を照会したこと、須田は文部省の一般的な考え方として公権力の行使に関わる書類、国家公務員としての権利義務に関わる書類等については氏名を戸籍名で表示すべきであると回答したこと、庶務課は右回答に基づき本件取扱文書の原案を作成したこと、右原案は同年五月一一日事務局長と庶務課、会計課、学務課、図書館情報課の各課長及び各課長補佐で構成される事務局連絡会で検討され修正を経た上、同年六月二二日了承されたこと、右修正案は最終的には学長、両副学長及び事務局長で構成される企画調整会議で諮られた上で了承されたこと、被告岡田は右了承に基づき図情大各課に対し同月二五日原告の氏名については本件取扱文書の通り取り扱う旨を周知徹底させたこと、本件取扱文書の作成について原告の意見は直接聴取されていないものの、原告は従前からその氏名を「関口礼子」と表示することを強く要求していることは明らかであり、図情大側との間で到底歩み寄りのできるものではなかったために原告の意見が聴取されなかったものであること、被告岡田は原告に対し同年七月一四日本件取扱文書のコピーを手渡して、今後図情大において原告の氏名は本件取扱文書の通り取り扱われることとなる旨を伝え、本件取扱文書記載2(2)の書類とは原告が自己の研究費を利用してパートタイマーを雇う場合に事前に事務局に提出してもらう書類(例えば賃金支弁職員の出勤簿(案)等)であるとの説明を加えたことの各事実が認められる。

(3) そして、〈書証番号略〉、被告岡田本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告の氏名は、まず公務員関係の基本的な文書である人事記録等、公務の適正な執行を確保するために氏名を一つに特定する必要があるものについては、発令名である戸籍名で表示することとされ(本件取扱文書記載1)、学内限りで処理できるもの及び対外的には影響が少ないものについては戸籍名に括弧書きで「関口礼子」を加えて表示することが許されることとされ(本件取扱文書記載2)、研究活動及びそれに伴う研究成果の公表物については「関口礼子」と表示することが許される(本件取扱文書記載3)との取扱基準が本件取扱文書において設定されたことが認められる。

(4) この点について、〈書証番号略〉には、原告は被告岡田から本件取扱文書記載2(2)の書類は原告が図情大以外で非常勤の仕事に従事するときに往復する文書のことであるとの説明を受けたとの記載部分が存在する。

しかし、〈書証番号略〉によれば、原告が図情大以外で非常勤の仕事に従事するときに往復する文書は、本件取扱文書記載1(3)の書類に該当することが明らかであり、また、同文書記載2(2)については非常勤「職員」という記載がなされているもので、非常勤「講師」という記載はなされていないことに照らすと、それが当時教授に昇任していた原告についての記載ではなく、一般職員についての記載であることも明らかである。そして、前記認定の通り本件取扱文書記載2は学内限りで処理できるものについて掲げたものであることに照らすと、右記載部分はにわかに信用することができない。

さらに、〈書証番号略〉及び原告本人尋問の結果中には、被告藤川は原告に対し、昭和六三年二月一六日ころ、本件取扱文書について企画調整会議で諮られた記憶はないと回答したとの記載あるいは供述部分が存在するが、〈書証番号略〉によれば、昭和六二年六月二四日に企画調整会議が開催されたことが認められるところ、〈書証番号略〉によれば、被告藤川は文部大臣に対し昭和六二年一二月ころ「昭和六三年度科学研究費補助金の公募について(申請)」と題する書面を提出するに際して添付した同月七日付「昭和六三年度科学研究費補助金申請に係る本学教授「甲野禮子」の氏名の取扱いについて」と題する文書(〈書証番号略〉)において図情大は原告の氏名については本件取扱文書の通りに取り扱うことにしていると記載していることが認められることに照らすと、右記載あるいは供述部分は信用することができない。

(二)  本件取扱文書作成後の経緯

(1) 〈書証番号略〉、被告岡田本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告は、当時図情大学長であった被告藤川及び城倉事務局長に対し、昭和六二年一〇月二〇日、法令により戸籍名を記入することが定められている書類以外は氏名を「関口礼子」と表示するように求める「私の使用する氏名について」と題する文書(〈書証番号略〉)を提出し、また、原告の氏名の取扱についての三通りの対案を提示する文書(〈書証番号略〉)を提出するなどしたが、被告岡田が当時入院中であった城倉事務局長を訪ねて意見を求めたところ、原告の考え方は本件取扱文書に定める基準と基本的な部分で相違しており、到底原告の右申入れ及び対案に応じて本件取扱文書に定める基準を修正することは困難であるから、従前通り原告の氏名については本件取扱文書に基づく取扱をすべきであるとの意見であり、被告藤川も城倉事務局長と同意見であったこと、そこで被告藤川らは文部省と確認の上、原告の氏名については以後も本件取扱文書の基準に沿った取扱をしていくこととしたこと、原告は昭和六三年四月一日以降、右文書(〈書証番号略〉)に従って、氏名を「関口礼子」と表示した文書を図情大に対し、提出していることの各事実が認められる。

(2) また、被告藤川は原告に対し、昭和六三年九月八日、「氏名の取扱いについて」と題する文書(〈書証番号略〉)を交付し、原告の氏名を「関口礼子」と表示することを求める原告の要望を拒否するとともに、本件取扱文書記載1と同文書記載3の双方に該当する場合には、同文書記載1の取扱が優先されることになると告げたことは当事者間に争いがない。

(3) さらに、原告及び被告岡田各本人尋問の結果によれば、被告藤川は、図情大内部で原告の氏名の取扱について混乱が生じていたことから、同大学の各講座の代表者に対し、昭和六三年一〇月一三日開催の講座センター連絡会において、本件取扱文書を再度配付して、本件取扱文書に定める基準に従って原告の氏名を取り扱うことにすることを各教員に周知したため、右取扱が学内に完全に周知されるに至ったことが認められる。

(三)  以上の事実に照らし、被告藤川らが原告の氏名を本件取扱文書に定める基準により取り扱うこととしたことの適否について検討する。

(1)  定員約一二〇万人を擁する国家公務員の任用関係においては、いかなる人を採用し、採用後いかに処遇するか(担当職務、昇任、降任、転任、給与等)の問題に加えて、現実に公務遂行の外観を呈する行為を行っている者が、真実、国家公務員として任用されたものであり、かつ、当該公務を担当すべき地位、権限を有しているのかの問題を適正、確実、迅速に解決するためには、公務員の同一性を把握することが必要不可欠である。

しかして、我が国においては、国民を公に登録し、その親族関係及び動静を公示し、公証するための唯一の身分関係の公証制度として、戸籍法に基づく戸籍が精緻に編製されており、そこには個人の公証力ある氏名として戸籍名が記載されているところ、戸籍名を変更するためには、やむをえない事由が存する場合に家庭裁判所の許可を得て、その旨を届け出ることを必要としている(戸籍法一〇七条、一〇七条の二、一一九条)。しかも、法律上保護されるべき重要な社会的基礎を構成する夫婦が、同じ氏を称することは、主観的には夫婦の一体感を高める場合があることは否定できず、また、客観的には利害関係を有する第三者に対し夫婦である事実を示すことを容易にするものといえるから、夫婦同氏を定める民法七五〇条は、合理性を有し、何ら憲法に違反するものではない。

したがって、個人の同一性を識別する機能において戸籍名より優れたものは存在しないものというべきであるから、公務員の同一性を把握する方法としてその氏名を戸籍名で取り扱うことは極めて合理的なことというべきである。

そうであれば、本件取扱文書に定める基準は公務員の同一性を把握するという目的に配慮しながらも、他方、研究、教育活動においては原告が以前から使用してきた氏名である「関口礼子」を表示することができるようにも配慮されたものであり、その目的及び手段として合理性が認められ、何ら違法なものではないというべきである。

(2)イ これに対して、原告は、少数の公務員集団である図情大教職員間においては、原告の公務員としての同一性を把握することは不要であると主張する。

しかし、原告主張に係る各書類の中には図情大教職員間における書類にとどまらず、文部省あるいは学外の諸機関との間でやりとりされる書類も多数含まれていることからも明らかなように、公務員の同一性の把握は図情大教職員間においてなされれば足りるというものではなく、原告の右主張は前提を誤っているものというべきであるから、採用することはできない。

ロ また、原告は、被告藤川らの所為は、通称名を保持する権利あるいは右通称名をその意思に反して奪われない権利を妨げるものであり、憲法一三条に違反するものであると主張する。右主張に係る権利とは、要するに他人に通称名の使用を禁止されないという意味において、通称名を専用することができる自由を意味することに加えて、図情大の人事記録に記載される氏名を含めたあらゆる場面において氏名が通称名で表示されることをも原告が要求していることなどに照らすと、原告は、その婚姻届出に伴い夫の氏を選択したものの、他人から右変動前の氏名を通称名で表示されることをも意図しているものと解される。

なるほど、通称名であっても、個人がそれを一定期間専用し続けることによって当該個人を他人から識別し特定する機能を有するようになれば、人が個人として尊重される基礎となる法的保護の対象たる名称として、その個人の人格の象徴ともなりうる可能性を有する。しかしながら、本件全証拠をもってしても、公務員の服務及び勤務関係において、婚姻届出に伴う変動前の氏名が通称名として戸籍名のように個人の名称として長期的にわたり国民生活における基本的なものとして根付いているものであるとは認めることができず、また、右通称名を専用することは未だ普遍的とはいえず、個人の人格的生存に不可欠なものということはできないものというべきである。

したがって、立法論としてはともかく、原告主張に係る氏名保持権(右通称名ないし婚姻による変動前の氏名を使用する権利)が憲法一三条によって保障されているものと断定することはできないから、被告藤川らの所為が同法条に違反するものと認めることはできない。

なお、原告は、氏名を通称名で表示することは個人的な事柄であるから、自己決定権によっても原告主張に係る氏名保持権は保障されているとも主張するものであるが、氏名は社会において個人を他人から識別し特定する機能をその本質的な機能とするものであり、社会との関わりあいにおいて、その存在意義を有するものであって、公法上の勤務関係における氏名は極めて社会的な事柄というべきであるから、原告の右主張は採用することができない。

ハ さらに、原告は、被告藤川らの所為は、戸籍名という原告のプライバシーを侵害するものであり、憲法一三条に違反するものであると主張する。

しかし、戸籍名は、前記の通り、我が国唯一の身分関係の公証制度としての戸籍に記載される公証力ある名称であり、原告がいかなる戸籍名を有する者であるかは専ら公的な事柄であるというべきであるから、戸籍名をもって原告のプライバシーに該当するということはできない。

もっとも、原告は、戸籍名は身分関係すなわち少なくとも原告が婚姻しており、配偶者は氏を「甲野」と表示する男性であることを一定程度開示する作用を有している点で、私生活上の事柄といいうるものであるとも主張しているが、原告の氏名を戸籍名で表示することが、当然に右のような身分関係まで開示することにはならないから、原告の右主張は採用することができない。

2  請求原因2(二)(主として原告の研究活動に対する侵害行為)について

(一)  請求原因2(二)(1)(図情大主催の公開講座のポスターに印刷される講師名)について

(1)イ 図情大公開講座委員会及び教授会は昭和六一年度末、翌年度秋に実施する公開講座の講師を原告とする旨決定し、原告はその際大瀬戸公開講座委員に対し公開講座のポスターにおける氏名は「関口礼子」と表示し、括弧書きであっても戸籍名は表示しないように申し入れたこと、庶務課は、昭和六二年八月二七日、原告の氏名を「関口礼子(甲野禮子)」と表示した公開講座のポスターを作成の上掲示し、原告が右氏名の表示について抗議したにもかかわらず、右ポスターは回収されなかったこと、原告は、右ポスターが回収されなかったことから、公開講座の講師を勤めず、講師料金九〇〇〇円を得ることができなかったことの各事実は当事者間に争いがない。

ロ この点、原告は、大瀬戸委員が原告に対し、右要望については庶務課に伝えてその了解を得た旨を返答したと主張し、〈書証番号略〉及び原告本人尋問の結果中には、原告の主張に沿う記載あるいは供述部分が存在するが、いずれも被告岡田本人尋問の結果に照らし、にわかに信用することができず、他に右主張を認めるに足りる証拠はない。

もっとも、〈書証番号略〉には、原告は被告岡田から昭和六二年七月半ばころ、秋の公開講座は通称名のみでやってもらうとの説明を受けたとの記載部分が存在し、また、〈書証番号略〉には、原告は長谷川企画広報係長から原告の氏名を「関口礼子」という表示に括弧書きで戸籍名を加えて表示したポスターは決裁のためだけの事務的なものにすぎず、実際に印刷するときには従前の了解通り原告の氏名として「関口礼子」のみを表示するとの説得を受けて、氏名を「関口礼子(甲野禮子)」と表示したポスターを作成することに同意したとの記載部分が存在する。

しかし、〈書証番号略〉の記載部分は客観的に裏付けとなる証拠を欠くものである上、〈書証番号略〉によれば、庶務課は昭和六二年八月二七日氏名を「関口礼子(甲野禮子)」と表示したポスターを作成の上掲示していることが認められることに照らすと、にわかに信用することができず、また、〈書証番号略〉の記載部分についても、原告と庶務課の間で真実、右ポスターにおける氏名を「関口礼子」のみで表示することが了解済みであったのであれば、原告は右説得に応ずる必要はないこと、かかる取扱は本件取扱文書記載3(3)に定める基準とも齟齬するものであることに照らすと、にわかに信用することができない。

のみならず、かえって、被告岡田本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告は当時の長谷川企画広報係長との間で、昭和六二年七月二四日ころ、右公開講座ポスターにおいて原告の氏名を「関口礼子」という表示に括弧書きで戸籍名を加えて表示することについて了解ができていたことが認められ、さらに、〈書証番号略〉、被告岡田本人尋問の結果によれば、同被告は、原告から前記の通りポスターの氏名の表示について抗議を受けたのに対し、公開講座は大学の公式行事であるので、既に掲示されたポスターを回収して氏名を訂正することはできないが、今後はこの種のものについては原告の氏名を「関口礼子」のみで表示するということで原告に了解を求めることを決定し、公開講座の専門委員である大庭助教授を介して原告の了解を求めたものの、原告は右ポスターを回収して氏名を「関口礼子」のみの表示に訂正しない限り講師を引き受けることができない旨の返答をしたことが認められる。

(2) そこで、右の事実関係において、庶務課の各所為を検討するに、原告は当時の長谷川企画広報係長との間で、昭和六二年七月二四日ころ、右公開講座のポスターにおいて原告の氏名を「関口礼子」という表示に括弧書きで戸籍名を加えて表示することについて了解していたのであるから、仮に原告がポスターの氏名表示の訂正及びポスターの回収を求め、これに対し、庶務課が従わなかったとしても、原告の右要求は前記了解を無視して一方的になされたものにすぎないから、庶務課の右各所為が違法なものであると認めることはできない。

(二)  請求原因2(二)(2)(図情大が文部省に登録する科学研究費補助金研究者番号登録上の氏名)について

(1)イⅰ 〈書証番号略〉、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、科学研究費とは大学等に所属する研究者が経常の研究費では賄い切れないような研究計画を建てる場合に、大学等を通じて文部省に申請し、文部省の審査を経て支給される研究費であり、他大学あるいは他の研究機関の学者とともに共同研究をする場合に有益な費用であること、科学研究費補助金研究者名簿は文部省が科学研究費補助金の事務処理にあたり、多数の研究課題を能率よく処理するとともに、配分審査の資料をより正確に、かつ豊富にするための一つの方策として、科学研究費補助金の申請に関し、研究代表者となりうる者について作成されたものであることが認められる。

ⅱ 〈書証番号略〉、原告本人尋問の結果によれば、原告は、岐阜教育大学在籍中、氏名を「関口礼子」と表示して科学研究費補助金研究者名簿の登録をしていたことが認められる。

ⅲ 原告が、昭和五七年八月ころ、研究事務室の係員から科学研究費補助金研究者名簿の変更届を作成するために科学研究費補助金研究者番号を尋ねられたこと、庶務課が昭和五七年八月ころ、原告の承諾を得ることなく、氏名を戸籍名で表示した右研究者名簿の変更届を作成し、事務局長の決裁を得た上で文部省に回答したことの各事実は当事者間に争いがないが、その際、原告が右係員から岐阜教育大学在籍中の登録と同様に、氏名を「関口礼子」と表示して文部省に回答するように求めたことを認めるに足りる証拠はない。

この点について、〈書証番号略〉及び原告本人尋問の結果中には、原告は昭和五七年八月ころ、研究事務室から岐阜教育大学在籍中の右研究者番号を尋ねられたが、同大学在籍中の昭和五六年度科学研究費補助金配分内定一覧(〈書証番号略〉)を示して氏名を「関口礼子」と表示して登録をしていたことを説明し、右登録上の氏名の表示をそのまま継承してほしい旨を伝えて研究者番号を教えたもので、昭和五七年一一月ころ、文部省あてに氏名を「関口礼子」と表示した昭和五八年度科学研究費の計画調書を作成して研究事務室に提出し、右調書は研究事務室から文部省にそのまま提出されたはずであるとの記載あるいは供述部分が存在する。

しかし、〈書証番号略〉によれば、昭和五八年度総合研究(A)計画調書一覧(〈書証番号略〉)等においては原告の氏名は「関口礼子(甲野禮子)」と表示されていることが認められ、かかる事実に照らすと、原告が昭和五七年一一月ころ、文部省あてに氏名を「関口礼子」と表示した昭和五八年度科学研究費の計画調書を作成して研究事務室に提出し、右調書が研究事務室から文部省にそのまま提出されたはずであるとの前記記載あるいは供述部分は信用することができず、したがってまた、右記載あるいは供述部分と関連するところの、原告が昭和五七年八月ころ、研究事務室から岐阜教育大学在籍中の研究者番号を尋ねられたので、氏名を「関口礼子」と表示して登録していることを説明し、右登録上の氏名をそのまま継承してほしいことを伝えて研究者番号を教えたとの記載あるいは供述部分についてもにわかに信用することができない。

ロ そして、〈書証番号略〉、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告は昭和五八年一一月ころ、氏名を「関口礼子」と表示した昭和五九年度科学研究費についての総合研究(A)計画調書(〈書証番号略〉)を作成して研究事務室に提出したところ、研究事務室は原告に対し、氏名を戸籍名に書き直したものを持ってきて押印をするように要請したこと、原告は研究事務室に対し、科学研究費についての計画調書等においては氏名を「関口礼子」と表示させてほしい旨要望したものの、研究事務職員はこれに応じなかったこと、原告は右計画調書の提出期限が迫っていたために暫定的に氏名を「関口礼子(甲野禮子)」と表示して清書された計画調書(〈書証番号略〉)に押印したこと、右調書に係る研究計画に対しては科学研究費補助金が交付されることとなったこと、昭和五九年五月にコンピューターで打ち出された内定一覧(〈書証番号略〉)では原告の氏名は「甲之禮子」と表示されたこと、研究事務室は原告に対し、同人の氏名を戸籍名に括弧書きで「関口礼子」と加えて表示した科学研究費補助金の交付申請書と交付請求書に押印するように要請したこと、原告は研究事務室から、右書類が事務的なものにすぎず、右書類における氏名と内定通知の氏名との同一性が照合できなければ科学研究費補助金を図情大に入金することができないとの説得を受けて、右押印を承諾し、原告の氏名を戸籍名に括弧書きで「関口礼子」と加えて表示した交付申請書(〈書証番号略〉、原告の氏名を「甲野禮子」と表示した交付請求書(〈書証番号略〉)に原告の印顆を押捺したこと、原告は、昭和六〇年三月ころ右研究を終了して研究成果報告書概要を作成するに際し、研究事務室から氏名を「関口礼子」という表示に括弧書きで戸籍名を加えて表示するように要請されたこと、氏家庶務課長は氏名を「関口礼子」と表示して欲しいとの原告からの要請を受けて、科学研究費補助金研究に関する書類において、原告の氏名をどう表示するべきかについて文部省に交渉に赴き、文部省学術情報課長と研究助成課の担当係長に面会した結果、科学研究費補助金研究に関する書類においては、原告の氏名を戸籍名に括弧書きで「関口礼子」と加えて表示することに統一されることになったこと、それについて報告を受けた原告は不満の意を示したこと、原告は昭和五九年一一月ころ、研究事務室に提出した昭和六〇年度科学研究費についての総合研究(A)計画調書の下書きにおいて、氏名を「関口礼子」と表示したにもかかわらず、研究事務室は右氏名を戸籍名に書き換えて清書したこと、原告は改めて氏名を「関口礼子(戸籍名甲野禮子)」と表示した計画調書(〈書証番号略〉)を作成し、右調書はかかる氏名の表示のまま文部省に提出され、右調書に係る研究計画に対しては科学研究費補助金が交付されることとなったこと、原告は科学研究費補助金の交付を請求するために、氏名を「甲野禮子」と表示した交付請求書(〈書証番号略〉)を作成していること、原告は昭和六〇年一二月ころ提出した昭和六一年度科学研究費についての総合研究(A)計画調書(〈書証番号略〉)において、氏名を「甲野禮子(関口礼子)」と表示し、右調書が文部省に提出されたこと、原告は昭和六二年三月ころ、昭和六一年度科学研究費補助金総合研究(A)実績報告書において氏名を「甲野禮子(関口礼子)」と表示したこと、原告は当時の町田図情大学長に対し、昭和六二年九月一日、科学研究費補助金の研究者名簿の氏名を「関口礼子」と表示した登録に変更を求める旨を文書で要望したこと、これを受けた被告岡田が、研究事務室の担当者をして文部省に照会したところ、婚姻による氏の変動、誤記等を除く個人的な理由によっては、右名簿上の氏名を変更することができないとの回答があったので、被告岡田は原告に右回答を伝えたこと、原告は、昭和六二年一二月ころ研究事務室に提出した昭和六三年度科学研究費についての総合研究(A)計画調書(〈書証番号略〉)において、氏名を「関口礼子」とのみ表示したこと、被告藤川が原告と同月二日面会したところ、原告は戸籍名を自ら記入することについては拒否したものの、原告が氏名を「関口礼子」と表示したものに図情大がその責任において、原告の戸籍名を加えて表示することについては了承したこと、図情大は右了承に基づき、その責任において右計画調書の氏名欄に原告の戸籍名を括弧書きで加えて表示し、文部大臣あてに提出したこと、右提出にあたっては図情大の責任において原告の戸籍名を加筆したものであることを断った文書(〈書証番号略〉)を添付したこと、その後、原告が科学研究費補助金研究に関する書類において、氏名を「関口礼子」のみで表示して研究事務室に提出しても、研究事務室はその受領を拒否していることの各事実が認められる。

ハ そして、〈書証番号略〉及び原告及び被告岡田各本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、科学研究費補助金研究者名簿に関する書類は、「科学研究費補助金研究者名簿について(依頼)」と題する昭和五七年八月三〇日付五七学助第二七号文部省学術国際局研究助成課長名義の文書(〈書証番号略〉)をもって、各関係研究機関事務局長に対し、その提出方が求められていること、右文書によれば、右研究者名簿に登録される氏名については、婚姻によって氏が変動した場合、誤記のある場合、記入漏れのある場合に限って、変更届を提出するとの要領が定められていること、平成元年七月二五日付元学助第四四号文部省学術国際局研究助成課長名義の文書(〈書証番号略〉)によって、登録される氏名を通称名で表示したい場合には、戸籍名に括弧書きで通称名を加えて表示することを許容する取扱となり、右の表示による登録を希望する場合には、「改姓等氏名の訂正届」と題する文書を作成して提出することとされたことの各事実が認められる。右に認定した事実を総合すれば、昭和五七年当時は右研究者名簿に登録される氏名は戸籍名で表示することとされていたものというべきである。

しかし、原告及び被告岡田各本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、原告は、事務局から右研究者名簿に登録される氏名を戸籍名に括弧書きで通称名を加えて表示することが可能になったと告げられたにもかかわらず、右研究者名簿に登録される氏名を「関口礼子」のみで表示することに固執し、右通称名併記のための所定の訂正届の提出すら、事務局に依頼していないことが認められる。

(2) そこで、右の事実関係において、庶務課あるいは研究事務室の各所為を検討するに、右研究者名簿は、文部省によって科学研究費補助金の事務処理の便宜のために作成されたものであり、基本的には事務手続上の文書にすぎないこと、右各種類は本件取扱文書記載1(2)に該当するため、本件取扱文書に定める基準によれば、氏名は戸籍名で表示されるべきものとされているところ、庶務課は、文部省学術国際局研究助成課長名義の文書(〈書証番号略〉)所定の記載要領に従って原告の氏名を戸籍名で表示して右研究者名簿に登録したにすぎないこと、科学研究費補助金は国費より支出されるものであるから、公務員の同一性を把握する必要性が高いこと、前記計画調書等に戸籍名の表示を加えたのは原告の承諾に基づくものであること、右記載要領によれば、平成元年からは氏名を通称名で表示することを許容しているもので、氏名を通称名で表示して活動している研究者の研究活動に対する配慮もなされているにもかかわらず、原告は氏名を通称名のみで表示することに固執しており、所定の訂正届の提出すらしていないことに照らすと、庶務課あるいは研究事務室の右各所為が違法なものであると認めることはできない。

もっとも、原告本人尋問の結果によれば、科学研究費補助金申請の審査は各研究領域の専門家によって審査されるものであるから、その計画調書を提出するにあたっては、氏名を研究実績のある「関口礼子」と表示することができなければ、審査上不利になり、また、右調書に係る研究の公表にあたっては、氏名が戸籍名で表示され、右研究成果が原告に係るものであることを周知させることができないから、原告は右調書における氏名を「関口礼子」と表示する強い必然性を有しているとの供述部分が存在する。

しかし、右調書における氏名に「関口礼子」という表示さえ加えられたならば、審査上不利になるとは認められないところ、前記認定の通り、研究事務室は氏名に括弧書きで「関口礼子」を加えて表示することについては拒否するものではないこと、また、後記の通り、公表される場合には原告の氏名には「関口礼子」という表示が加えられることが認められるから、その研究結果が原告に係るものであることを周知させることができないとも認められず、他方、原告が私的に氏名を「関口礼子」と表示した著作物において右研究成果を公表することも可能であることに照らすと、この点に関する原告の主張は採用することができない。

(三)  請求原因2(二)(3)(図情大で作成する科学研究費補助金による研究成果報告書)について

(1)イ 原告は昭和六二年三月ころ、氏名を「関口礼子」と表示した昭和六一年度の科学研究費補助金研究に関する研究成果報告書を研究事務室に提出したにもかかわらず、研究事務室は同月三〇日ころ、右報告書の印刷にあたる業者に対し、表紙の氏名を「関口礼子(甲野禮子)」、それ以外の部分の氏名を「甲野禮子」と訂正して印刷するように指示したこと、また、印刷製本された右報告書において、表紙の氏名は「関口礼子(甲野禮子)」と、その余の原告の氏名は「関口礼子」と表示されたことの各事実は当事者間に争いがない。

ロ そして、〈書証番号略〉、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、かかる氏名の表示がなされたのは、文部省学術国際局研究助成課の担当事務官から原告に対し、昭和六二年三月三一日、科学研究費補助金研究者名簿の登録上の氏名が戸籍名で表示されており、しかも、氏名を戸籍名で表示した交付申請書等に基づき右補助金が支給されている関係から、右報告書中の少なくとも一か所では氏名を戸籍名で表示させて欲しいとの申入れがなされ、原告が右申入れを承諾したからであることが認められる。

(2) そこで、右の事実関係において、研究事務室の各所為を検討するに、右報告書は本件取扱文書記載1(2)と3(1)に該当するため、本件取扱文書に定める基準によれば、同文書記載1(2)の取扱が優先され、氏名を戸籍名で表示されるべきものとされているところ、研究事務室は、科学研究費補助金研究者名簿の登録上の氏名が戸籍名であることとの統一性を持たせるために、右報告書における原告の氏名の訂正を指示したものであると推認できること、印刷製本された右報告書において、表紙の氏名が「関口礼子(甲野禮子)」と表示されたのは、原告の承諾に基づくものであること、公表される右報告書においては、原告の氏名に「関口礼子」という表示が加えられるため、氏名を「関口礼子」と表示して活動している原告に対する配慮もなされていると認められることに照らすと、研究事務室の右各所為が違法なものであると認めることはできない。

(四)  請求原因2(二)(4)(筑波研究学園都市研究便覧を作成するために提出する情報)について

(1) 昭和六一年度版について

イⅰ 原告が研究事務室に対し、昭和六一年度版右便覧において原告が氏名を「関口礼子」と表示して行った研究課題と原告の戸籍名とが結び付けられては研究者として困ると考えて、原告の氏名を「関口礼子」と表示した右便覧の原稿を作成するように申し入れ、自己の研究課題を伝えたこと、昭和六二年六月二三日に発行された右便覧では、原告の氏名は「甲之禮子」と表示され、研究課題は空白とされたことの各事実は当事者間に争いがない。

ⅱ しかし、右のような便覧の記載になったのは、図情大が、昭和六一年度内において連絡協議会に対し、原告の氏名を「甲之禮子」と表示し、かつ、研究課題を空白にした右便覧の原稿を作成の上送付したことに起因することを認めるに足りる的確な証拠はない。

この点について、原告本人尋問の結果中には、右の趣旨に沿った供述部分が存在するが、右供述部分は客観的に裏付けとなる証拠を欠くものであるから、にわかに信用することができない。

かえって、被告岡田本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、企画広報係は、連絡協議会事務局から右便覧の原稿作成の依頼を受けたが、機関の概要における氏名の表示については、図情大の職員録と統一性を持たせるために、発令名である戸籍名によることとして、原告の氏名についても発令名である戸籍名で表示したが、新規研究テーマ調査票における氏名の表示は研究者の研究活動に関わるものであるから、研究者本人に記入を依頼することとして、原告についてもその記入を依頼したこと、これについて原告は右調査票において氏名を「関口礼子」と表示したので、そのまま連絡協議会事務局に送付したところ、連絡協議会事務局の電算処理のプログラム上機関の概要における氏名の表示と前記調査票における氏名の表示が合致しない場合には、研究機関等組織別概要の氏名の後の研究課題欄が空欄になるようになっていたために、「甲之禮子」と表示された原告の研究課題は空白になったことが認められる。

もっとも、この点について、原告本人尋問の結果中には、原告が図情大に対し、氏名を「関口礼子」と表示して行った研究であるから、他の氏名とは結び付けないで欲しいと申し入れたところ、図情大から氏名は戸籍名で表示するから、研究課題の方は空白にする旨の連絡を受けたとの供述部分が、また、〈書証番号略〉には、原告は、右便覧の原稿の電算処理したものが校正のために回ってきた際、氏名が「関口礼子」と表示されていたことを確認しているから、研究課題が空白になったのは電算処理のプログラムに起因するものではないとの記載部分がそれぞれ存在しているものの、右記載あるいは供述部分は客観的に裏付けとなる証拠を欠くものであるから、にわかに信用することができない。

ロ そこで、右の事実関係において、研究事務室あるいは企画広報係の各所為を検討するに、右便覧の原稿は本件取扱文書記載1(3)に該当するため、本件取扱文書に定める基準によれば、氏名は戸籍名で表示されるべきものとされているところ、研究事務室あるいは企画広報係は、図情大の職員録と統一性を持たせるために、原告の氏名を発令名である戸籍名で表示したものであること、企画広報係は原告が氏名を「関口礼子」と表示して行ってきた研究活動に対して配慮した結果、かえって、電算処理のプログラム上原告の研究課題が空白になったにすぎないものであることに照らすと、研究事務室あるいは企画広報係の右各所為が違法なものであると認めることはできない。

(2) 平成元年度版について

イⅰ 図情大が連絡協議会に対し、平成元年度版右便覧においては原告の氏名を戸籍名で表示するように情報提供したこと、右便覧では原告の氏名は分野別研究概要では「関口礼子(甲之禮子)」と、研究機関等組織別概要及び人名索引では「甲之禮子」と表示されたことは当事者間に争いがない。

ⅱ しかして、〈書証番号略〉、被告岡田本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、図情大は、連絡協議会事務局長作成の図情大学長あての筑波研究学園都市研究便覧〔平成元年(一九八九年)度版〕の原稿作成について(依頼)と題する書面(〈書証番号略〉)の指示に沿って、同便覧の研究機関等組織別概要における氏名の表示は図情大の職員録と統一性を持たせるために、発令名である戸籍名で表示することとし、原告の氏名は「甲之禮子」と表示することとしたが、分野別研究概要(研究テーマ調査票)については、研究者の研究活動に関わるものであるから、研究者本人に記入を依頼することとして、原告についてもその記入を依頼したところ、原告は氏名を「関口礼子」と表示した調査票を提出したため、図情大は、連絡協議会の作成要領において、研究者名は原則として戸籍名で表示することにするが、氏名をペンネームまたは婚姻による変動前の氏名で表示する場合には括弧書きでペンネーム等を追記するように指示されていることを考慮して、分野別研究概要の章では原告の氏名を「関口礼子(甲之禮子)」と表示するように連絡協議会に対し回答したことの各事実が認められる。

ロ そこで、右の事実関係において、図情大の所為を検討するに、前記の通り、本件取扱文書に定める基準によれば、右便覧の原稿における氏名は戸籍名で表示されるべきものとされているところ、図情大は同大学の職員録と統一性を持たせるために研究機関等組織別概要における原告の氏名を発令名である戸籍名で表示したものであること、原告が氏名を「関口礼子」と表示して行ってきた研究活動に配慮し、なおかつ、右便覧の原稿を依頼した連絡協議会所定の作成要領を考慮して、分野別研究概要(研究テーマ調査票)における原告の氏名を「関口礼子(甲之禮子)」と表示したにすぎないことに照らすと、図情大の右所為が違法なものであると認めることはできない。

(五)  請求原因2(二)(5)(研究討論会のポスター)について

(1)イ 原告は、自己が世話人となって昭和六三年九月二二日に研究討論会を開催することとしていたが、庶務課の担当者から掲示するポスターの内容について尋ねられたため、氏名を「関口礼子」と表示するように申し入れたところ、氏名を右申入れ通りに表示したポスターの印刷が右開催日以前に既に仕上がっていたことは当事者間に争いがない。

ロⅰ この点、原告は、被告岡田が右開催日まで庶務課員をして右ポスターを掲示させなかったと主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。

ⅱ かえって、〈書証番号略〉、被告岡田本人尋問及び弁論の全趣旨によれば、事務局は昭和六三年九月一六日、右ポスターを学内の所定の掲示板(一階教職員用、一階学生用及び二階研究事務室前)に掲示していたことが認められる。

この点について、〈書証番号略〉には、原告は右ポスターが掲示されたのを見たという報告を誰からも受けていないから、右ポスターが掲示されたとしても剥がされたものと推測されるとの記載部分が存在する。しかし、右記載部分は裏付けとなる証拠を欠くもので、単なる憶測の域をでないものであるから、信用することはできない。

ⅲ また、〈書証番号略〉、被告岡田本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告から事務局に対し、右研究討論会についてより詳細な情報が盛り込まれたA四版の案内用紙(〈書証番号略〉)が提出されたので、事務局では既に掲示されていた右ポスターに代えて原告提出の右案内用紙をB四版に拡大して掲示したことが認められる。

なお、事務局が拡大して掲示した右案内用紙(〈書証番号略〉)は、研究討論会の開催場所、時間が明記されているものであり、しかも、相応の拡大はされているのであるから、それがポスターの役割を果たさないものであったと断言することはできない。

この点について、〈書証番号略〉には、原告が一〇月二二日午前九時ころ、研究事務室において、研究討論会に出席を予定している講師への謝礼の支払方法、送迎の手配、食事等について打ち合わせた後、研究事務室小野主任にポスターを早急に貼付するように要望したところ、小野主任は右ポスターを掲示しておらず、原告が各教員のメールボックスに配付したA四版の案内用紙を掲示したことを明らかにしたとの記載部分が存在する。しかし、〈書証番号略〉には小野主任が右ポスターを貼付していないことを明らかにしたとの記載部分は存在しないこと、また、前記認定の通り、右案内用紙はB四版に拡大されて貼付されたものであることに照らすと、右記載部分はにわかに信用することができない。

(2) そこで、右の事実関係において、被告岡田、事務局あるいは庶務課の各所為を検討するに、右ポスターは本件取扱文書記載3(3)に該当するため、本件取扱文書に定める基準によれば、氏名は「関口礼子」と表示されることが許容されているところ、事務局は右の通り、氏名を「関口礼子」と表示した研究討論会のポスターを掲示していたところ、原告から、より詳細な情報の盛り込まれた案内用紙が提出されたため、右案内用紙を拡大して掲示したというのであるから、被告岡田、事務局あるいは庶務課の右各所為が違法なものであると認めることはできない。

(六)  請求原因2(二)(6)(学術情報センターの科学研究費補助金研究者に関するデータベース作成のために提出する情報)について

(1)イ 原告が右データベースの基礎資料である昭和六一年度科学研究費補助金研究に関する研究実績報告書及び研究成果報告書概要に自己の氏名を「関口礼子」と表示して研究事務室に提出したところ、研究事務室あるいは被告岡田はそれを受け付けず、原告をして右報告書における氏名を「甲野禮子」と表示させた上で、昭和六二年四月以降、右報告書等を文部省に提出したこと、その結果、原告は戸籍名で右データベースに登録されたため、右戸籍名で検索しなければ、同人の研究物を検索することができないことの各事実は当事者間に争いがない。

ロ そして、〈書証番号略〉、原告及び被告岡田本人尋問の各結果並びに弁論の全趣旨によれば、原告が前記の通り研究実績報告書及び研究成果報告書概要に自己の氏名を「関口礼子」と表示して研究事務室に提出したところ、研究事務室は、氏名を「甲野禮子(関口礼子)」と表示した右報告書等を作成し、原告の承諾を得た上で原告に押印させることにしたが、原告は、右押印の際、右報告書等(〈書証番号略〉)の氏名欄欄外に「関口礼子」という氏名でデータベースに登録することを要望する旨を記載したこと、被告岡田は原告に対し、右氏名欄欄外に記載された部分の削除を依頼したが、原告はこれを頑に拒否したこと、被告岡田が文部省の意向を照会したところ、右記載部分については別葉にして提出することを示唆されたため、原告に伝えたところ、原告は右示唆を受けて別葉で右要望を記載した文書(〈書証番号略〉)を作成したこと、被告岡田は昭和六二年四月ころ、原告提出に係る右文書を前記報告書等とともに文部省学術国際局長あてに提出したことの各事実が認められる。

(2) そこで、右の事実関係において、被告岡田あるいは研究事務室の各所為を検討するに、右報告書等は本件取扱文書記載1(3)の書類に該当するため、本件取扱文書に定める基準によれば、氏名は戸籍名で表示されるべきものとされているところ、被告岡田あるいは研究事務室は原告と交渉の上その承諾を得て「関口礼子」という氏名でデータベースに登録されるように協力したものであり、他に原告に対し、氏名を戸籍名で表示するように強要したものと認めるに足りる証拠もないから、被告岡田あるいは研究事務室の右各所為が違法なものであると認めることはできない。

(七)  請求原因2(二)(7)(科学研究費研究分担者承諾書の氏名)について

(1) 小林教授の研究に係る科学研究費研究分担について

イ 原告は、小林教授の昭和六〇年度科学研究費補助金研究「入学者の多様化と高等教育体系の構造変容に関する比較研究」の研究分担を依頼され、研究事務室に対し、昭和五九年一一月ころ、氏名を「関口礼子」と表示した研究分担承諾書を提出して学長の押印を求めたが、研究事務室は右の通り氏名が表示されていることを理由に学長印の押印を拒否したこと、そのため、原告は右押印を得なければ研究分担を果たせなくなると考えて、右氏名の表示に更に「甲乃礼子」という表示を加えた右承諾書を研究事務室に提出して学長印の押印を受けた上で、小林教授に送付したことは当事者間に争いがない。

ロ そこで、右に認定した事実関係において、研究事務室の各所為を検討するに、右承諾書は本件取扱文書記載1(3)に該当するため、本件取扱文書に定める基準によれば、氏名は戸籍名で表示されるべきものとされているところ、右承諾書自体は手続上の書類にすぎず、他に原告に対し、氏名を戸籍名で表示するように強要したと認めるに足りる証拠もないから、研究事務室の右各所為が違法なものであるとは認めることはできない。

(2) 桑原教授の研究に係る科学研究費研究分担について

イ 原告は、桑原教授から昭和六三年度科学研究費補助金研究の研究分担を依頼され、研究事務室に対し、昭和六二年一一月ころ及び昭和六三年一一月ころ、氏名を「関口礼子」と表示した研究分担承諾書を提出して学長印の押印を求めたが、研究事務室は、右の通り氏名が表示されていることを理由に右学長印の押印を拒否したこと、さらに、原告は、桑原教授の要請に従って、再度、平成元年五月一三日、桑原教授の氏名と研究課題名のみ記入し、原告の氏名を空欄にした承諾書に学長印を押印することを求めたが、被告岡田はこれを拒否したことは当事者間に争いがない。

ロ そこで、右の事実関係において、研究事務室あるいは被告岡田の各所為を検討するに、右承諾書は本件取扱文書記載1(3)に該当するため、本件取扱文書に定める基準によれば、氏名は戸籍名で表示されるべきものとされているところ、右承諾書はそれ自体は手続上の書類にすぎないことに照らすと、研究事務室あるいは被告岡田の右各所為が違法なものであると認めることはできない。

(八)  請求原因2(二)(8)(館報掲載エッセイの著作者名)について

(1)イ 原告は、氏名を「関口礼子」と表示することを確認した上で昭和六三年度三月発行の館報(〈書証番号略〉)の原稿の依頼を受け、氏名を「図情大教授関口礼子」と表示したエッセイの原稿を提出したこと、その経緯はともかくとして、原告が右肩書を外すことに応じ、右エッセイにおいて原告の氏名は右肩書を外した「関口礼子」という表示で館報に掲載されたことの各事実は当事者間に争いがない。

ロ この点について、〈書証番号略〉には、田上課長補佐は原告に対し、図書館側は肩書付で原告の氏名が表示されても問題ないが、肩書を表示することについては被告岡田の反対が強いため、このままでは印刷に回すための決裁が取れないと伝えたとの記載部分が存在する。しかし、右記載部分は客観的に裏付けとなる証拠を欠くものであるから、にわかに信用することができず、また、被告岡田が、昭和六三年の初頭ころ田上課長補佐を介して原告に対し、右原稿における氏名の表示から「図情大教授」という肩書を外すように強要したことを認めるに足りる証拠も存在しない。

(2) そこで、右の事実関係において検討するに、右原稿は本件取扱文書記載3(1)に該当するため、本件取扱文書に定める基準によれば、氏名を「関口礼子」と表示することが許容されているところ、原告は原稿を公表する機会を確保するために、自らの意思で右肩書を外すことを応諾したものというべきであり、他に被告岡田が原告に対し、肩書を外すように強要したと認めるに足りる証拠はないから、右事実関係においては何らの違法性も認めることはできない。

(3) なお、原告は、氏名は肩書と相まって一つの著作者名として存立するものであるから、著作者は、その著作物に表示される著作者名の肩書について決定することも著作権法一九条により保障されているものと解すべきであるから、肩書を外すように強要した被告岡田の所為は同法条及び憲法二一条に違反すると主張するが、右の通り被告岡田の強要の事実は認めることができず、原告が右肩書を外すことに応諾したのは、原稿を公表する機会を確保するために自らの意思でなしたものと推認されるから、原告の右主張は採用することができない。

(九)  請求原因2(二)(9)(昭和六三年度学術研究活動に関する調査Ⅰ個人調査調査票A)について

(1) 文部省学術国際局監修の研究者・研究課題総覧というデータベースは関係方面に広く利用されているところ、原告は昭和六三年五月ころ、右データベースの基礎となっている昭和六三年度学術研究活動に関する調査Ⅰ個人調査調査票A(〈書証番号略〉)に氏名を「関口礼子」と表示して図情大に提出したところ、被告岡田は右調査票の受領を拒否したことは当事者間に争いがない。

(2) そこで、右の事実関係において、被告岡田の所為を検討するに、右調査票は本件取扱文書記載1(2)に該当するため、本件取扱文書に定める基準によれば、氏名を戸籍名で表示されるべきものとされているところ、被告岡田は右調査票の受領を拒否したにすぎないことに照らすと、被告岡田の右所為は違法なものであると認めることはできない。

(一〇)  請求原因2(二)(10)(文部省在外研究員候補者としての応募書類)について

(1) 文部省在外研究員とは、大学に籍を残したまま海外の研究機関で研究を行う者で、その滞在費、旅費等が文部省より支給されるところ、原告は庶務課に対し、昭和六三年九月ころ、氏名を「関口礼子」と表示した文部省在外研究員候補者調書(〈書証番号略〉)を提出したが、被告岡田は原告に対し、同月二六日右調書を返却したため、原告は、右調書を竹内副学長に提出したところ、同副学長も原告に対し、同月二七日右調書を返却したこと、さらに、原告は庶務課に対し、平成元年一〇月ころにも同様の調書(〈書証番号略〉)を提出したが、研究事務室は原告に対し、同月一九日ころ右調書を返却したことは当事者間に争いがない。

(2) そこで、右の事実関係において、被告岡田あるいは研究事務室の各所為を検討するに、右調書は、本件取扱文書記載1(2)に該当するため、本件取扱文書に定める基準によれば、氏名は戸籍名で表示されるべきものとされているところ、右の通り、滞在費、旅費等は国費から支出されるものであるから、公務員の同一性を把握することは極めて重要な事項というべきであるが、他方、右調書自体は、手続的な書類にすぎず、氏名を通称名で表示した右調書の受領を拒否する目的及び手段には合理性が認められるのであるから、被告岡田あるいは研究事務室の右各所為が違法なものであると認めることはできない。

(一一)  請求原因2(二)(11)(「ゆうりす」)について

(1)イ 「ゆうりす」が図情大の教員組織である学生委員会において編集を行う図情大の雑誌であること、原告が、昭和五九年から昭和六一年にかけて、氏名を「関口礼子」という表示に括弧書きで戸籍名を加えて表示することに応じ、そのため、「ゆうりす」において原告の氏名はかかる方法で表示されたことの各事実は当事者間に争いがない。

ロ この点について、原告は、事務局が原告に対し、昭和五九年から昭和六一年にかけて、学生委員会の編集担当教員を介して「ゆうりす」誌上における原告の氏名を「関口礼子」という表示に括弧書きで戸籍名を加えて表示するように強要したと主張し、〈書証番号略〉には右主張に沿う記載部分が存在するが、右記載部分は客観的に裏付けとなる証拠を欠くものであるから、にわかに信用することができず、他に原告の右主張を認めるに足りる証拠はない。

(2) そこで、右の事実関係において、事務局の所為を検討するに、「ゆうりす」は本件取扱文書記載3(1)に該当するため、本件取扱文書に定める基準によれば、氏名を「関口礼子」と表示することが許容されているところ、事務局は、原告の了解を得た上で、原告の氏名を「関口礼子」という表示に括弧書きで戸籍名を加えて表示したのであるから、事務局の右所為が違法なものであると認めることはできない。

(一二)  請求原因2(二)(12)(物品等注文書、アルバイター出勤予定表等の研究費使用の申請書類及び旅行命令依頼票)について

(1) 物品等注文書、アルバイター出勤予定表等の研究費使用の申請書類について

イ 図情大に在籍する研究者が各研究室で使用する備品、付属品、消耗品等を必要とする場合、研究者は研究事務室に対し、右備品等について物品等注文書を提出し、事務局が右備品等を購入して研究室に納入することとされているが、原告が昭和六三年度以降、物品等注文書を作成して研究事務室ないしは被告井上に提出したところ、被告岡田は右注文書に原告の氏が「関口」と表示されていることを理由として受領を拒否していること、また、図情大に在籍する研究者が研究活動をするにあたって資料整理やタイプ等の補助作業にアルイバイターを雇う場合には、研究事務室に対し、アルバイターについての出勤簿(案)及び出勤簿を提出すると、事務局会計課が右アルバイターに対し謝金を振り込む手続になっているところ、原告も必要に応じて右手続に従ってアルバイターを雇い入れて研究を続けてきたが、研究事務室は昭和六三年四月から、右出勤簿(案)等に原告の氏名が「関口礼子」と表示されていることから、右出勤簿(案)等の受領を拒否していること、そこで、原告は昭和六三年六月二九日から、被告井上に対し、右出勤簿(案)等を提出したが、被告岡田は右出勤簿(案)等において原告の氏名が戸籍名で表示されていないことを理由として、原告に対し、右出勤簿(案)等を返却していること、さらに、原告が昭和六三年一二月二〇日、宮森会計課長に対し、口頭で同月分までの右出勤簿(案)等を提出したい旨申し入れたが、宮森会計課長が右申入れを拒否したこと、以上の各事実は当事者間に争いがない。

しかし、宮森会計課長が原告に対し、氏名が戸籍名で表示されていなければ、庶務課の同意を得られないと説明したことを認めるに足りる証拠はない。〈書証番号略〉、原告本人尋問の結果中には、原告は宮森会計課長から右趣旨の説明を受けたとの記載あるいは供述部分が存在するが、客観的に裏付けとなる証拠を欠くものであるからにわかに信用することはできない。

ロ そこで、右の事実関係において、研究事務室、被告井上、被告岡田あるいは宮森会計課長の各所為を検討するに、右物品等注文書等は本件取扱文書記載1(2)ないし(4)に該当するため、本件取扱文書に定める基準によれば、氏名は戸籍名で表示されるべきものとされており、右出勤簿(案)等は本件取扱文書記載2(2)に該当するため、本件取扱文書に定める基準によれば、氏名は戸籍名または戸籍名に括弧書きで「関口礼子」と表示されるべきものとされているところ、右の通り、国費が図情大より支給されるものであるから、公務員の同一性を把握することは極めて重要な事項というべきであり、しかも、右各書類自体は、いずれも専ら手続的な書類にすぎず、氏名を通称名のみで表示した右各書類の受領を拒否する目的及び手段には合理性が認められるのであるから、研究事務室、被告井上、被告岡田あるいは宮森会計課長の右各所為が違法なものであると認めることはできない。

ハ なお、原告は、研究事務室、被告井上、被告岡田あるいは宮森会計課長の右各所為は、研究者の研究活動を妨害するもので、憲法二二条及び二三条に違反するものであると主張するが、右のとおり、右各書類が専ら手続的な書類にすぎず、氏名を通称名のみで表示した右各書類の受領を拒否する目的及び手段には合理性が認められるのであるから、この点においても右各所為が違法なものであると認めることはできない。

(2) 旅行命令依頼票について

イ 図情大に在籍する研究者が、研究活動の一環として学会に出席する場合には、申請により一年につき、昭和六三年度は金六万六〇〇〇円、平成元年度は金六万七〇〇〇円、平成二年度は金七万六〇〇〇円、平成三年度は金七万三〇〇〇円の各出張旅費の支給を図情大から受けられることになっていたところ、原告は学会等に出席するために、研究事務室あるいは被告井上に対し、氏名を「関口礼子」と表示した旅行命令依頼票(〈書証番号略〉)を提出しているが、氏名を戸籍名で表示していないことを理由に右依頼票の受領が拒否されたことは当事者間に争いがない。

ロ そこで、右の事実関係において、研究事務室あるいは被告井上の各所為を検討するに、旅行命令依頼票は本件取扱文書記載1(2)ないし(4)に該当するため、本件取扱文書に定める基準によれば、氏名は戸籍名で表示されるべきものとされているところ、右の通り、国費が図情大より支出されるものであるから、公務員の同一性を把握することは極めて重要な事項というべきであるが、他方、右書類自体は、いずれも専ら手続的な書類にすぎず、氏名を通称名のみで表示した右書類の受領を拒否する目的及び手段には合理性が認められるから、研究事務室あるいは被告井上の右各所為が違法なものであると認めることはできない。

ハ なお、原告は、研究事務室あるいは被告井上の右各所為は、研究者の研究活動を妨害するもので、憲法二二条及び二三条に違反するものであると主張するが、右の通り、旅行命令依頼票が専ら手続的な書類にすぎず、氏名を通称名のみで表示した右書類の受領を拒否する目的及び手段には合理性が認められるのであるから、この点においても右各所為が違法なものであると認めることはできない。

3  請求原因2(三)(主として原告の教育活動に関するもの)について

(一)  同2(三)(1)(学生に配付する授業時間割及び学生マニュアル(授業概要)について)

(1) 学務課が昭和五七年から現在に至るまで、原告の明示の意思に反して原告の氏名を戸籍名で表示した授業時間割及び学生マニュアル(授業概要)を作成していることは当事者間に争いがない。

(2) そこで、右の事実関係において、学務課の所為を検討するに、授業時間割及び学生マニュアル(授業概要)は本件取扱文書記載1(5)に該当するため、本件取扱文書に定める基準によれば、氏名は戸籍名で表示されるべきものとされているところ、学務課が授業時間割及び学生マニュアル(授業概要)において氏名を戸籍名で表示したとしても、研究、教育の場において、氏名を通称名で表示して活動してきた研究者あるいは教員については、自らその授業の実施に際して、研究、教育活動上は、授業時間割等に表示される氏名とは異なる通称名を表示していることを説明しさえすれば、当該研究者あるいは教育者が氏名を通称名で表示して築き上げてきた環境を維持することは十分可能というべきである。また、〈書証番号略〉及び弁論の全趣旨によれば、授業時間割及び学生マニュアル(授業概要)は、学務課が同大学で将来実施される予定の授業の内容及び担当者を学生らに知らせるために作成する書類にすぎないと認められるから、それらの書類の性質に照らすと、右書類における氏名の表示方法は大学の裁量に任されていると認めるのが相当であり、学務課の右所為が違法なものであると認めることはできない。

(3)イ なお、原告は、授業あるいは講義は著作権法上の著作物に該当するから、著作者には氏名表示権が保障されているものであるところ、授業の実施と密接不可分な書類である授業時間割及び学生マニュアル(授業概要)に表示される講師名についても講師自身が決定することも保障されているものと解すべきであるから、学務課の右所為は、著作権法一九条に違反するものであると主張する。

しかし、授業時間割及び学生マニュアル(授業概要)自体は、前記の通り、学務課が同大学で将来実施される予定の授業の内容及びその担当者を学生らに知らしめるために作成する書類にすぎず、講師によって具体的に外部から知覚しうべき状態になり、なおかつ、具体的に特定することができる状態になった授業についての著作者名を表示するものではないから、その性質上、講師自身が授業時間割及び学生マニュアル(授業概要)に表示される講師名を決定することが保障されているものとは解しえないものというべきであり、原告の右主張は採用することができない。

ロ また、原告は、学務課の右所為は同大学の学生らをして、氏名を通称名で表示して研究、教育活動をする研究者あるいは教育者の右通称名を知ることを不可能ならしめ、また、既に公刊されている右研究者あるいは教育者の著作物の著者名と右研究者あるいは教育者が同一であることを認識することも不可能ならしめ、更に右研究者あるいは教育者の氏名を戸籍名と混同させることになるから、研究者あるいは教育者が円滑に教育を行うことが妨げられ、かつ、教官と学生の間の信頼関係を醸成することが妨げられるものであるから、憲法二二条及び二三条に違反するものであると主張する。

しかし、前記の通り、当該研究者あるいは教育者が図情大の学生らに対し、年度当初の授業の都度、自己の氏名が授業時間割に表示されるものとは異なり、研究、教育活動上、氏名を通称名で表示していることを説明すれば、同大学の学生らは当該研究者あるいは教育者が氏名を通称名で表示していることを知ることができるものというべきであり、したがって、右学生らをして右研究者あるいは教育者の氏名を戸籍名と混同させることを回避することができ、教官と学生の間の信頼関係を醸成することが妨げられるものと断定することはできないから、原告の右主張は採用することができない。

(二)  請求原因2(三)(2)(クラス別学生名簿、掲示板のクラス担任名欄)について

(1) 学務課は昭和五七年から現在に至るまで、原告の明示の意思に反して原告の氏名を戸籍名で表示したクラス別名簿及び掲示板のクラス担任名欄を作成し続けていることは当事者間に争いがない。

(2) そこで、右の事実関係において、学務課の右所為を検討するに、クラス別学生名簿、掲示板のクラス担任名欄は本件取扱文書記載1(5)の書類に該当するため、本件取扱文書に定める基準によれば、氏名は戸籍名で表示されるべきものとされているところ、学務課がクラス別名簿等のクラス担任欄において氏名を戸籍名で表示したとしても、研究、教育の場において、氏名を通称名で表示して活動してきた研究者あるいは教員については、自らクラス担任をするに際して、研究、教育活動上は、クラス別名簿及び掲示板のクラス担任名欄に表示される氏名とは異なる通称名を表示していることを説明すれば、当該研究者あるいは教育者が氏名を通称名で表示して築き上げてきた環境を維持することができるものと推認される。また、〈書証番号略〉及び弁論の全趣旨によれば、クラス別学生名簿及び掲示板のクラス担任名欄は、学生課がその事務処理のために作成する書類にすぎないものと認められるから、それらの書類の性質に照らすと、右書類における氏名の表示方法は大学の裁量に任されていると認めるのが相当であり、したがってまた、学務課の右所為が違法なものであると認めることはできない。

(三)  請求原因2(三)(3)(卒業研究抄録集における指導教官名)について

(1) 原告は自己が指導を担当する学生に対し、卒業研究抄録集の原稿における指導教官名を「関口礼子」と表示して学務課に提出するように指導していたにもかかわらず、学務課は昭和五八年度版、昭和五九年度版及び昭和六一年度版から現在に至るまでの卒業研究抄録集において指導教官である原告の氏名を戸籍名に書き換えて印刷していることは当事者間に争いがない。

(2) そこで、右の事実関係において、学務課の右所為を検討するに、卒業研究抄録集は本件取扱文書記載1(5)の書類に該当するため、本件取扱文書に定める基準によれば、氏名は戸籍名で表示されるべきものとされているところ、〈書証番号略〉及び弁論の全趣旨によれば、卒業研究は指導教官の指導、援助を得ながら、学生が研究の成果をまとめあげるものであり、その主体はあくまで学生であると認められることに照らすと、学務課の右所為がその指導教官との関係では違法なものであると認めることはできない。

(3)イ なお、原告は、卒業研究は、指導教官が学生の研究を指導、援助し、あるいは補いまとめあげていくものであるから、卒業研究の著作権は執筆した学生のみならず、指導にあたった教官にも保障されているところ、卒業研究に表示される指導教官名については、指導教官自身が決定することも保障されているものと解すべきであるから、学務課の右所為は著作権法に違反するものであると主張する。

しかし、前記の通り、指導教官は学生が卒業研究の成果をまとめあげる過程において、指導、援助を与えるにすぎず、卒業研究は指導教官の研究成果を表現したものとはいえないから、原告の右主張はその前提を欠き採用することができない。

ロ また、原告は、仮に、卒業研究の著作権が執筆した学生にのみ認められるものであるとしても、指導教官も学生の卒業研究に参画して創造的な行為を行ったものであることは明らかであり、しかも、指導する研究対象はその指導教官の専門分野であることが通例であり、学生にとっても、どの研究者の指導を受けたかということは研究物の評価にも関わる重大な問題であるからこそ、指導教官名が記されるのであり、指導教官が卒業研究において表示される指導教官名を研究活動を行うときの氏名と一致させることは著作権法の趣旨及び憲法第一三条によって保障されているものと解すべきであるから、学務課の右所為は、著作権法及び憲法一三条に違反するものであると主張する。

しかし、前記の通り、卒業研究は指導教官の研究成果とはいいがたく、著作権法における保障を越えて、憲法一三条等によって、右のような保障がされているものとは解しがたいから、原告の右主張は採用することができない。

ハ さらに、原告は、学生の卒業研究を指導することは、指導教官の研究及び教育活動の一環であるから、学務課の右所為は、指導教官の研究及び教育活動を妨害するもので、憲法二二条及び二三条に違反するものであると主張する。

しかし、卒業研究抄録における指導教官の氏名の表示方法が、指導教官の行う卒業研究の指導内容及び方法自体に影響を与えるものでないことは明らかであるし、前記の通り、卒業研究は指導教官の研究物であるとは認められず、指導教官が卒業研究抄録における指導教官の氏名を研究活動を行うときの氏名と一致させることは著作権法の趣旨あるいは憲法一三条によって保障されているものとは解しがたいから、原告の右主張は採用することができない。

(四)  請求原因2(三)(4)(図情大学案内)について

(1) 庶務課は毎年六年ころに、図情大に在籍する各教員が行っている授業科目、研究テーマ及び専門分野を大学の内外に広く紹介する図情大案内を編集、発行しているが、昭和五七年から昭和六二年までの間、右案内において原告の氏名を戸籍名で表示したこと、原告が、昭和六三年度版図情大案内の発行直前に原告の郵便受けに校正依頼用の原稿が入れられていたので、氏名欄の「甲野禮子(関口礼子)」を「関口礼子」という表示に訂正して庶務課窓口に提出したにもかかわらず、現実に発行された右案内においては原告の氏名は「甲野禮子(関口礼子)」と表示され、以降の年度の図情大案内では原告の氏名は「甲野禮子(関口礼子)」と表示されていることは当事者間に争いがない。

しかして、〈書証番号略〉、被告岡田本人尋問の結果によれば、庶務課は、昭和六三年度版図情大案内から在籍する各教官の主な研究テーマを記載する欄が設けられたことに伴い、同年度版以降の図情大案内において原告の氏名を「甲野禮子(関口礼子)」と表示してきたことが認められる。

(2) そこで、右の事実関係において、庶務課の各所為を検討するに、図情大案内は本件取扱文書記載1(5)に該当するため、本件取扱文書に定める基準によれば、氏名は戸籍名で表示されるべきものとされているところ、右図情大案内における原告の氏名は「甲野禮子(関口礼子)」と表示されたものであるから、研究、教育活動上、氏名を通称名で表示してきた研究者あるいは教育者に対する配慮がなされていたものというべきであり、庶務課の右所為が違法なものであると認めることはできない。

(3) なお、原告は、庶務課の右所為は、氏名を通称名で表示して研究、教育活動を行っている研究者あるいは教育者の研究、教育活動を第三者に伝達することを全くできなくするものであるから、当該研究者あるいは教育者の研究教育活動を妨害するもので、憲法二二条及び二三条に違反するものであると主張する。

しかし、図情大案内が、同大学在籍教官の研究テーマを紹介することとなった昭和六三年度版からは氏名に通称名を加えて表示することにしたのであるから、氏名を通称名で表示して研究、教育活動を行っている研究者あるいは教育者の研究、教育活動を第三者に伝達することが全くできないとは認めることができず、また、その研究教育活動を妨害するものと認めることもできないから、原告の右主張は採用することができない。

(五)  請求原因2(三)(5)(非常勤講師の委嘱に関する回答書及びこれに付した人事記録の写し)について

(1) 原告は昭和五八年四月から昭和六三年三月まで茨城大学教育学部の非常勤講師をしていたが、図情大学長は茨城大学から「非常勤講師の委嘱について(依頼)」と題する文書が出される度に、「非常勤講師の委嘱について(回答)」と題する回答書において原告の氏名を戸籍名で表示し、これに人事記録の写しを添付して茨城大学に送付していたことは当事者間に争いがない。

しかして、〈書証番号略〉、証人須田の証言、被告岡田本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、被告岡田は、原告から昭和六二年四月七日ころ、以前から茨城大学の非常勤講師をしており、本年度も非常勤講師をする予定であるが、茨城大学から依頼状がきた場合には、回答文における原告の氏名に「関口」という氏をも加えて表示して欲しいとの要望を受け、茨城大学人事課長との間で同月七日協議の結果、茨城大学は原告の氏名を「甲野禮子(旧姓関口)」と表示して依頼状を提出し、図情大も右と同様に氏名を表示した回答文を提出することにしたこと、しかし、原告が同月一五日文部省に出向いて辞令における原告の氏名を「関口礼子」と表示して欲しいと要望したところ、文部省の担当者は、原告に対し、辞令における原告の氏名は戸籍名で表示すると回答し、また、図情大に対してもその旨を連絡したこと、そこで、図情大と茨城大学は右依頼状及び回答文における原告の氏名を戸籍名のみで表示することとし、茨城大学教育学部長は図情大学長に対し、原告の氏名を戸籍名で表示した右依頼状を提出し、図情大学長も右と同様に氏名を表示した回答文を提出したことの各事実が認められる。原告本人尋問の結果中右認定に反する供述部分はにわかに信用することができない。

(2) そこで、右の事実関係において、図情大大学長あるいは被告岡田の右所為を検討するに、右回答文は本件取扱文書記載1(3)に該当するため、本件取扱文書に定める基準によれば、氏名は戸籍名で表示されるべきものとされているところ、右書類は、公務員の任用に関わる問題であるため、公務員の同一性を把握することは極めて重要というべきであるが、他方、右書類自体は、専ら手続上の書類にすぎず、被告岡田は被告の要望受け入れて、茨城大学に対し、一旦は氏名に「関口」という表示を加えた右回答文を提出しようとしたものの、文部省の指示に従って、原告の氏名を戸籍名で表示した回答文を茨城大学に送付したものであることに照らすと、図情大学長あるいは被告岡田の右所為が違法なものであると認めることはできない。

(六)  請求原因2(三)(6)(指定図書に貼るラベル)について

(1) 図情大附属図書館員が、平成三年度の原告が実施する授業において使用される原告著作の指定図書「誕生から死まで・カナダと日本の生活文化比較」及び原告編著作の指定図書「揺らぐ社会の人間形成」について、その背表紙下部に印刷された「関口礼子」という表示が隠れる位置に「甲之禮子」と記載した図書ラベルを貼付し、平成四年四月においても同年度の原告の指定図書三種類に右同様のラベルを貼付したことは当事者間に争いがない。

しかし、右図書館員が、意図的に右指定図書の背表紙下部に印刷された「関口礼子」の表示が隠れるように「甲之禮子」と記載した図書ラベルを貼付したことを認める足りる証拠はない。

(2) そこで、右の事実関係において、右図書館員の各所為を検討する。

右ラベルは本件取扱文書記載1(5)に該当するため、本件取扱文書に定める基準によれば、氏名は戸籍名で表示されるべきものとされているところ、〈書証番号略〉及び弁論の全趣旨によれば、図情大附属図書館では、指定図書にはすべて図書ラベル及び指定図書であることを明確にするための指定図書ラベルを背表紙下部に貼付しているが、右ラベルの貼付は日本図書館協会発行の「図書館ハンドブック」(〈書証番号略〉)に基づき書籍の下から1.5センチメートルの位置に図書ラベルを、その上段に指定図書ラベルをそれぞれ貼付しているもので、結果的には背表紙の「関口礼子」という氏名の表示が隠れてしまったものの、指定図書の表題紙、奥付などの「関口礼子」という氏名の表示はそのまま残っていたと認めることができるから、右各ラベルの貼付は図書館における図書の装備における公正な慣行に従ったものというべきである(著作権法一九条三項)。

しかして、前記認定の通り、授業時間割等に原告の氏名を戸籍名で表示することが違法とは認められないところ、指定図書ラベルは教官が授業において使用する図書であることを明示するために貼付されるものであるから、指定図書ラベルに記載される教官名は授業時間割等に記載されている氏名と一致させるのが合理的というべきであり、そうであれば、原告の指定図書について戸籍名を記載した指定図書ラベルを貼付することにも合理性があるというべきである。

したがって、右図書館員の右所為が違法なものであると認めることはできない。

4  請求原因2(四)(その他の侵害行為)について

(一)  同2(四)(1)(図情大発行の職員録)について

(1) 庶務課が毎年図情大の職員録あるいは職員録暫定版を発行しているが、昭和五七年度版から現在に至るまで、原告の明示の意思に反して右職員録において原告の氏名を「甲之禮子」と表示してきたことは当事者間に争いがない。

(2) そこで、右の事実関係において、庶務課の各所為を検討するに、右職員録は本件取扱文書記載1(2)に該当するため、本件取扱文書に定める基準によれば、氏名は戸籍名で表示されるものとされていると窺われるところ、〈書証番号略〉及び弁論の全趣旨によれば、右職員録は、その性質上、庶務課が図情大において任用されている職員の氏名を掲載するものであり、任用関係を前提とするものであることが認められるから、その氏名の表示方法は任用にあたった図情大の裁量に任されているものというべきであるところ、庶務課は原告の氏名を同人が図情大に任用される際に用いた氏名である戸籍名で表示したにすぎないものであるから、庶務課の右所為が違法なものであると認めることはできない。

(二)  請求原因2(四)(2)(大蔵省印刷局編の職員録、廣潤社の全国大学職員録、財団法人文教協会の文部省職員録)について

(1) 図情大は右各職員録の各発行機関に対し、昭和五八年から現在に至るまで、原告の明示の意思に反して原告の氏名を戸籍名で表示した原稿を提供したため、右各職員録において原告の氏名は「甲乃礼子」、「甲之禮子」あるいは「甲野禮子」と表示されたことは当事者間に争いがない。

(2) そこで、右の事実関係において、図情大の各所為を検討するに、右原稿は本件取扱文書記載1(3)に該当するため、本件取扱文書に定める基準によれば、氏名は戸籍名で表示されるべきものとされていると窺われるところ、〈書証番号略〉及び弁論の全趣旨によれば、右各職員録は国家公務員、大学職員、文部省の傘下の国家公務員として任用あるいは雇用されている職員の氏名を掲載するものであり、右任用あるいは雇用関係を前提とするものであることが認められるから、その氏名の表示方法は任用あるいは雇用した側の裁量に任されているものというべきである。したがって、原告の場合は図情大の裁量に任されているものというべきところ、図情大は原告の氏名を同人が図情大に任用される際に用いた氏名である戸籍名で表示したにすぎないものであるから、図情大の右各所為が違法なものであると認めることはできない。

(三)  請求原因2(四)(3)(教授会の座席名札)について

(1)イ 庶務課は昭和五七年四月から現在に至るまで、原告の明示の意思に反して教授会の座席名札における原告の氏名を戸籍名で表示していたこと、原告が昭和六三年四月以降に教授会が開かれる度に教授会の原告の座席名札における原告の氏名を「関口礼子」に書き換えることがあったことは当事者間に争いがない。

ロ しかし、原告が昭和六二年ころ、独自に自己の座席名札の氏名を「関口礼子」と書き換えたところ、休憩で席を立った隙に、被告岡田がわざわざ右名札を再度戸籍名に差し替えたとの事実を認めるに足りる的確な証拠は存在しない。

(2) そこで、右の事実関係において、庶務課の各所為を検討するに、教授会の座席名札は本件取扱文書記載1(2)に該当するものと窺われるため、本件取扱文書に定める基準によれば、氏名は戸籍名で表示されるべきものとされているところ、庶務課が教授会の原告の座席名札における氏名を戸籍名で表示したとしても、原告が自己の氏名を「関口礼子」と表示すること及び他の参加者が原告の氏名を「関口礼子」と表示することは何ら妨害されるものではないことに照らすと、事務局の右各所為が違法なものであると認めることはできない。

(四)  請求原因2(四)(4)(人事記録)について

(1) 庶務課が昭和五七年四月から現在に至るまで、原告の明示の意思に反して人事記録における原告の氏名を戸籍名で表示していることは当事者間に争いがない。

(2) そこで、右の事実関係において、庶務課の所為を検討するに、人事記録はその性質上外部に公表されるものではなく、通常は人事記録に原告の氏名が戸籍名で表示されたとしても原告が氏名を「関口礼子」と表示して活動することに支障をきたすことはないものであるから、庶務課の右所為が違法なものであると認めることはできない。

この点について、原告は、被告藤川らが、前記の通り、原告の明示の意思に反して原告の氏名を戸籍名で表示するのは、発令及びこれに基づいて作成される人事記録において原告の氏名が戸籍名で表示されていることに起因するから、被告藤川らが、人事記録において原告の氏名を戸籍名で表示することと前記一連の侵害事実は不可分一体のものであるとして違法性が認められると主張する。

しかし、仮に、前記一連の侵害事実が、発令及びこれに基づいて作成された人事記録において原告の氏名が戸籍名で表示されたことに起因するものであったとしても、前記一連の侵害事実の違法性について個別具体的に検討すれば十分というべきであることに照らすと、人事記録において原告の氏名を戸籍名で表示することと前記一連の侵害事実が不可分一体のものであると認めることはできないから、原告の右主張は採用することができない。

(五)  請求原因2(四)(5)(離婚の強要)について

(1) 〈書証番号略〉、原告及び被告岡田各本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、被告藤川は昭和六三年二月一六日大学院の審査の書類に表示すべき原告の氏名の問題で原告を学長室に呼び出した際、原告に対し戸籍抄本を提出するように求めたこと、被告岡田は昭和六三年八月三日、原告に対し、人事記録カードの氏名を「関口礼子」という表示に修正するためには、事実を証明する文書として戸籍抄本等を提出する必要があるから、形式的に離婚届出を提出して原告の戸籍上の氏を「関口」に戻した上で戸籍抄本を大学当局に届ける方法があるものの、右方法は脱法行為に該当し、後に年金を請求する場合に問題があることを告げたこと、原告は右方法をとったとしても原告の氏名を図情大においていかに表示すべきであるかという問題が根本的に解決するものではないとして右方法をとることを拒否したことの各事実が認められる。

(2) そこで、右の事実関係において、被告藤川及び同岡田の各所為を検討するに、被告藤川及び同岡田は、人事記録カードの氏名を「関口礼子」と表示するための示唆に及んだものであって、それ自体離婚を強要するものではないというべきであるから、被告藤川及び同岡田の右各所為が違法なものであると認めることはできない。

三本件差止(義務づけ)請求及び損害賠償請求について

以上の通り、原告主張に係る前記一連の侵害事実については、いずれも被告国(図情大及びその公務員である被告藤川ら)の権限行使として合理的な範囲を逸脱したりその濫用があったものとは認定できないことが明らかであり、したがって、原告の被告国に対する本件差止(義務づけ)請求については、事柄の性質上司法審査の及ばないものであるから、その余の点について論じるまでもなく、いずれも不適法として却下を免れず、また、原告の被告国に対する本件損害賠償請求についても、原告主張に係る前記一連の侵害事実がいずれも憲法に違反したり、著作権法に違反するものではないうえ、世界人権宣言及び国際人権規約B規約に違反するものではなく、国家賠償法の適用上違法と認めることもできないから、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がないものというべきである。

しかも、被告藤川らは、いずれも国家公務員としてその職務を行ったものにすぎず、仮に被告国が国家賠償責任を負う場合であったとしても、公務員個人として原告に対し、民法上不法行為に基づく損害賠償責任を負うべきものではないから、原告の被告藤川らに対する本件損害賠償請求は理由がないものといわなければならない(最高裁昭和三〇年四月一九日第三小法廷判決・民集九巻五号五三四頁、最高裁昭和五三年一〇月二〇日第二小法廷判決・民集三二巻七号一三六七頁等参照)。

四結論

よって、原告の本訴請求は、被告国に対し本件差止(義務づけ)を請求する部分についてはいずれも不適法であるからこれを却下し、被告らに対し損害賠償を請求する部分についてはいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文の通り判決する。

(裁判長裁判官福井厚士 裁判官河野清孝 裁判官絹川泰毅)

別紙

昭和六二年六月二四日

図書館情報大学

甲野禮子教授に係る氏名の取扱いについて

1 戸籍上の氏名によらなければならないもの

(1) 人事記録に基づく発令行為(任免、給与関係書類)

(2) 発令行為に基づく学内での事務処理上の書類等及び学外への公文書類等

(3) 他機関からの依頼書又は本人の申請に基づき、学長名(発信名義者)で学外の諸機関に提出する書類等

(4) その外、公務員としての権利、義務に係る書類及び法令等により戸籍どおりの記入が求められている書類

(5) 授業の実施、単位の認定、指導教官等に関する書類等

2 「甲野禮子」又は「甲野禮子(関口礼子)」による必要のあるもの

(1) 学内施設の利用申請に関する書類等

(2) 非常勤職員雇用関係書類

3 「関口礼子(甲野禮子)」又は「関口礼子」を使用して差し支えないもの

(1) 研究活動及びそれに伴う研究成果の公表物(研究報告、著書、論文等)並びに公開講座のポスター及び講義要旨 ただし、印刷伺いの原議書は「甲野禮子(関口礼子)」とする(以下同じ)。

(2) 学内で発行する刊行物で本人が寄稿する論文等

(3) その他、上記に準じて取り扱って差し支えない書類

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